私事
左腕に貼った白い湿布は散乱した部屋に置いてあっただけなのにひんやり冷たい。本当は薬の効果なのだがそう錯覚してしまうほどだ。
じんわりと染み込むように冷たさが皮膚に伝わる。腫れても変色もしていない左腕が痛みだしたのは湿度で肌がベタつくような日の午後からだった。
はじめは何かわからないけど痛いだけだった。それは委員長の仕事が終わってからで、本を支える左手が頼りないと感じる程度。ノートを二十冊程度持って、少し高い教卓に置いただけの仕事。ちょっと痛むが気にせず、それから部活に行った。マネージャー業に支障はきたさなかった。
帰ってきてからだった。息苦しい制服をハンガーにかけて食卓に広がった、もう冷たい、みんなが食いつまんだ、麻婆茄子とタンドリーチキンのサラダ。
相変わらず組み合わせが悪いな、と茶碗にしゃもじ一杯分の冷たいご飯を入れてからわずかにお米をすくって炊飯器に入れた。味噌汁を温めるのも億劫で、鍋の横に置かれたお椀を食器棚に片付けて箸を手にした。
茶碗についた米粒を全て綺麗に食べ終わった時だった。今日は虫にいっぱい刺されたさ。左膝に二ヶ所、右に二ヶ所、右腕に一ヶ所、あっ、首も刺されてる。友達は八ヶ所刺されたって自慢みたいに言ってたさ。なんて右腕を掻いていたら鈍い痛みが左腕を走った。
思わず手をとめ視線を向けた。なんの変哲もない私の腕。色の褪せたミサンガがやけに古びて見えた。ゆっくり指を動かしてみたら確かに痛んだ。手首を回す。痛んだ。貧弱な左手に力が入らなかった。ちょっと怖くなった。小刻みに震えてきた。もう少しでお風呂に入るというのに湿布を貼ってもらった。
ベッドに入ってもなかなか寝付けないでいた。鈍く、それでも確実に蝕むように痛む左腕。湿布の上から腕をさする。皮膚とは違う肌触りが病み付きになった。寝返りを打つたび左腕を気遣い、撫でてみては目蓋を閉じた。
また鈍い痛みが襲ってきた。ゆっくり目蓋をあける、徐々に目覚まし時計の音が煩くなってきた。耳元を無造作に触れば爪がカツンと時計に当たり、音を消した。
左腕が痛い。今日は八月末から予約をしていた病院の診察の日だった。ついでどころが、その痛む左腕を診てもらおうと思って病院に行った。
痛むんです。そうです、昨日の午後からです。腫れてはないです。はい。骨…は大丈夫だと思います。えぇと、ノートを二十冊くらい持って教卓の上に乗っけたあとからです。筋、なのかなって。はい、ここにそって痛いです。
手首を曲げられたり、肘を押されたり、筋肉に刺激を与えられたりして。ノート二十冊ねー、うーん、そうねー。ややお姉さんが入っているような男の主治医。私のカルテを見て、一人納得したように頷いて私をみた。
「軽い肉離れだね、ベターな言い方をすれば筋肉痛。これから二、三日が痛みのピークだからね、痛みが一週間続くようならまた来てください、レントゲン撮りますんで…まあ、きっと酷く筋肉が落ちたからだろうけどね、心配しないで!大丈夫だから!」
苦笑いをした私たち親子は、午後二時から違う診察が入りましたとさ。現在の時刻は13:47。もう行ってきます。