やわらかい主従
その人はメガネの真ん中を中指で得意げに押し上げて右端の口角を僅かにあげた。わけもわからず呼び止められた私の身にもなってほしい。
特に忙しくはないが、この場からさっさと逃げ出したいが為に、要件を催促しようとしたらその人は
「君は俺の事が好きなのだろ?」
と突拍子もない事を言ってきた。心なしか頬が赤いその人。私はその人と面識がそれほどない。登校途中いつもすれ違い、目が合うだけの間柄だからだ。挨拶もないし会釈もない。ただ、ああまたこの人だ、とすれ違い様に思う程度。名前も知らない。何にも分からない。それなのに、その人は、私が好きだと勝手に勘違いをしている。なんて恥ずかしい人なのだろうか。
「あの、すみません、私…」
「大丈夫、気付いていたから」
メガネのフレーズから指を離さないままで、別の手の平を私に見せてきた。いやいや。私はそんな風に見ていませんから。一体何に気付いていたのか分かりませんよ。むしろ貴方の方が大丈夫ですか、色々な意味をこめて。と言いたいところだが、人見知りの性分か、中々言いだせず俯いてしまった。
「あの、私は、そんなつもりでは…」
「実は俺も、君の事を想っていたんだ」
まあ、なんと素っ頓狂な発言を。驚いて顔をあげたら不覚にもその人と目が合ってしまった。真っすぐとした眼差しが向けられている事に気付いたのはその時だった。この人とは関わってはいけない。きっと碌なことしかないに違いないと、直ぐ様目を逸らしてやった。
「照れなくていい、俺も君が好きだ」
「………え、えっと…」
何となく察しはついていたけど、その人はさりげなく告白してきた。それは、もう私がその人が好きで好きでたまらないと言う有り得ない前提つきの告白。とんだ自信家、自惚れ野郎。背中に冷たい汗が滲んできたので静かに瞬きの回数が増えた。
「これで俺たちは晴れて両思いだ」
「…………え、えぇ、と」
もう勝手に話が進んでしまっている。ツッコミが追い付かない、というか思考も追い付かない。顔をあげたら満足そうな顔をしたその人がいた。
不覚にも心臓が高鳴った。
じわじわと体温が上昇していくのを自覚する。その人の顔をまともに見たのは初めてだったが、整ったその顔からは知性を感じられた。私の事を勘違いされているけど、その人は可笑しいくらいに真面目なのだと分かった。
なんて不器用な人。
そう思ったらふっと肩の力が抜けて微笑んだ。よく分からないが笑い合えているので、これはこれでいいんじゃないかって、本気で思い始めた。
「あの、付き合ってください」
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鮪飴さまへ!
相互記念として捧げます。
特にリクエストがなかったので此方で勝手に書かせていただきました。少しギャグに走ってしまって申し訳ないです。これを相互記念とする私が何よりも一番酷いですよね。
改めてリクエストがあるなら喜んで書かせていただきます!これはこれで、受け取ってください。
楽しく書かせていただきました!
これからよろしくお願いします。