自殺気取り
「あー、しにたい」
「…あっ今日の晩御飯カレーだから」
「あれ?りゆうきかないの?」
「…そんな勇気ないくせに」
台所と向かい合って、黒いエプロンを身につけて、単調なリズムを刻みながら喋る君が意地悪で、ゆっくり擦り足で近付いて後ろから抱き着いてやった。
「ちょっと、危ないでしょ」
「いまのおれ、やんでるの」
「だから死ねるわけ?」
「おう、そーゆうわけ」
背中にほお擦りして、君の匂いを胸いっぱい吸い込んで、白いうなじに舌を押し付けたり、なんなりいっぱいした。
「今すぐ死ぬの?」
「うん、いますぐ」
「それは残念ね」
「え、なんで」
包丁を持ったまま君が腕の中で反転して、向かい合って、目が合った。恍惚に光る鋭いモノが視界をちらつくから動悸が落ち着かない。
「だってカレー食べずに死ぬんでしょ?」
「あ………そうだね」
「いいよ、別に、二人分食べるから」
「……きょうはカレーだからやめる」
君が包丁を持っているにも関わらず、きつく、つよく、抱きしめた。ついでにキスをした。そうしながらエプロンの紐を緩めた。
「ばかっ、殺すわよ」
「カレーたべおわったらいい」
「面白い人」
「いま、やんでるからね」
ゆるめた腕の中でまた反転して、包丁をまな板に置いて、後ろを見ずにエプロンの紐を結び直した君が愛しくて、たまらず首筋を舐めてみた。意地悪したくなっただけなんだけど、早くカレーも食べたいなって、身じろぐ君に構わず一人、窓に向かった。
「けっきょくきかないんだ」
「ん?何を?」
「おれがしにたいわけ」
「聞いてほしいの?」
そうゆう聞かれ方をされたら癪に障る。眉間に皮膚が寄る。君はこちらを見ずに包丁をテンポよく動かす。
「とくに、ないけどさ」
「やっぱ面白い人ね」
「おれ、いま、ほんとにしぬよ?」
「飛び降りだけは止めてよね」
君は一度もこちらを見ずに、それでも適当に答えた。窓枠から放り投げた片足を持て余して引っ込めた。
「今日の隠し味、当ててご覧」
「…りんごじゅーす」
「ハズレ、青酸カリ」
「なんだ、わらうところか」
ほんわかする指をしゃぶって笑った。目が合って、君が小さな小鬢に口づけをした。
相当君も病んでいるね、お揃いだね、やっぱ付き合ってるだけあるね、なんてどれもこれも月並みなのかなって、そもそもこんな奴と君が一緒って、と爪をかじった。
「しにたいの?」
「ふふっ、どうかなー」
「おれ、やんでるからね」
「さっきも聞いた、ほら食べよ?」
いつの間にか出来ていたカレー。二人分律儀によそって持ってきてくれた。目の前に置かれたカレー。二人で目を合わせる。
「あれ、ほんとにいれたの?」
「さっき言ったじゃない」
「え?」
「殺すわよ、って」
俺は黙ってカレーを口に運んだ。