観覧車



メリーゴーランドに乗ると目まぐるしい色彩変化に眩暈を覚えて降りた時思わず足がよろめいた。一緒にいる彼女はそれでも楽しそうで覚束ない足取りの俺の腕を引いて「次はあれに乗ろうよ」と笑顔で言う。


「たんま、きゅうけー」
「えぇー」


近くのベンチに深く腰を下ろして空を仰いだ。夏の空は澄みきっていて雲がゆっくり流れていくのを眺める。はい、とお茶が水筒の蓋の部分につがれて差し出された。


「さんきゅー」
「あっついから気をつけて」


思わず耳を疑い聞き直すと「冗談よ」と無邪気に笑ってみせた。唇から見えた八重歯が可愛くて許してしまう。

小さなカップに口をつけたら冷たさが伝わってきた。そのまま勢いよく飲み干すと思わずの太い息が出る。


「まだ飲む?」
「いや、いい」


彼女に水筒の蓋の部分を受け渡すと観覧車の方を見続けた。ゆったりと回る観覧車の一台一台色が違うが、しばらく見ていても目を回したり飽きたりしない。


「ねぇ、次あのドラゴン乗ろうよ」
「それより観覧車乗ろうよ」


服の裾を掴んでドラゴンを指差していた彼女があからさまに嫌な顔をした。デートで観覧車に乗るとは一大イベントのようなものだろうけど、残念ながら俺からはまだ婚約を約束出来ないし内緒のプレゼントもない。観覧車に乗る理由なんていいんだ。何にせよ彼女は、観覧車は最後に乗るものだから今はまだ早いと思っているはずだ。


「アレは最後よ」
「今はアレに乗りたい気分なんだよ」


彼女は渋った。無理もない。女心とはそういうものなのだから。ばれないように溜め息をつくと俺は「よし、ドラゴン乗ろう」と半ば強引に彼女の手を引く。


「あなたって優しすぎ」
「…女心がわかるからね」


順番待ちの列に並んでいると彼女が腕に絡みついてきた。視線を向ければ身長差からなる上目遣いにくらついた。そうしてその腕がたわわな胸に押しあてられ、高まる鼓動を隠さずにはいられない。


「まだ全然分かってないじゃん」
「え、いや、ちょっ」


観覧車の事を言っているのだろうか。俺が悪かった。頼むから押しつけたまま体をよじらせないでくれ。理性がまともに利かなさそうだ。なんで観覧車に乗りたかったのか自分でも分からない。もしかしたら、無意識のうちに俺は。


「やっぱ、観覧車乗らない…?」


それがどっちの台詞だったのだろうか分からないが、あの舞台は悠々と廻っている。





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