真下


何ひとつ誇れるものなど、ないのです。容姿も普通、運動も並、成績も中間。学級を仕切ったり、一番の取りを任せられたり、誰かに頼られたりされたら、もう、ダメなんです。

手を差し伸べられたって、ダメなんです。力一杯握りしめられた拳は、何かを離さないように、こぼさないようにしているようにみえて、実は縋るものなんて端からなくて、無くすものも落とすものもなくて。本当に、自分には、人である以上の取り柄なんてないんです。

音楽も絵も文学も、何にもないんです。輝ける要素なんてないのです。努力して自分を磨いたって薄汚く淡いだけなのです。

そんな自分には残すものなどなく、死を悼む者などいなく、遺書はやっぱり書きませんでした。

本当は書きたかったのですが、思い残す事など、多々あるかもしれませんが、土壇場になると思い出せないものなので、ないに等しいと思いました。

ハルシオンという睡眠薬を、たくさん、幸せな夢を見れるように、と頬張り、貪欲なまでに錠剤を歯で砕いてからも口に詰め入れて、水で流し込みました。薬は即効性ではないのですが、気持ち晴れ晴れしく、身体も身軽になった気分になり、たまらなくベランダに飛び出して、柵を乗り越えて、眼下に広がる車の大移動が面白くて見入れば、段々それがミニカーに見えてきて、無邪気にそれに飛び付くように自分は柵から手を離したのでした。





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