愛妻家


ああ心配だ。俺はつい最近永遠の愛を誓ったばかりの新郎である。とびっきり可愛い妻をもらった。容姿端麗、平成の大和撫子、俺の小町。足りない、形容しきれないほど、可愛い。だから、俺は心配なんだ。隣に住む町内会の会長だって、向かいに住む頭をハゲ散らかした主人だって、俺の妻に鼻の下を伸ばしている。そう、だから俺が会社に行っているあいだに寝取られてしまうのではないか。ゴミだしをしている時に誘拐され、監禁されてしまうのではないか。考えただけでも恐ろしい。俺の可愛い妻が薄汚れた性欲の化け物の餌食になってしまう事が嫌だ。吐き気がする。だから一緒に挨拶回りをしたくなかったのだ。けれども、あんなに可愛くおねだりされてしまうと、もう駄目だった。ああ、こんな事を考えている間に、あのおっさん達のオカズにされてしまっているのではないかと思う。俺も結婚するまで、会えない日は脳内で出会い、愛を育んでいた。その際に、何度か汚してしまった。自分の右手と一緒に。けれども俺は、もう違う。そんな虚しい事をしなくてもいいのだから。問題なのは、あのおっさん達だ。どうする、さてどうする。いっそ殺すか。いいや駄目だ。俺が汚され妻が悲しんでしまう。ああ、俺は一度でも多く笑顔を見たいんだ。そんなことしたって駄目だ。どうしたら、どうしたら、どうしたらいいんだ。


「あなた」


薄っぺらな唇から耳がとろけそうな程の甘い声で愛おしそうに呼ばれた。新聞をテーブルにおいて呼ばれたキッチンへ行く。妻の長い髪がふわふわと優しく髪が揺れる。


「お弁当、失敗しちゃったの…」
「これくらい平気だよ」


可愛いことに、敷き詰められた白米の上にさくら澱粉で大きなハートマークが描かれている。ただ、それが少しばかり形が歪んでしまっただけなのだが、妻は申し訳なさそうにしている。大丈夫、愛は伝わっているよ。とっても、とっても、嬉しい。それにしても、こんな可愛いことをしてくれるだなんて、本当にどこまで可愛いんだ。可愛いのも罪だな、碌でもない変態親父に厭らしい眼で見られるなんて。そうして俺を苦しめ悩ませるだなんて。ああ、何度も見ているエプロン姿も可愛いよ。そんなうつむかないでくれ。そんな厭らしいところで手遊びはやめてくれ。ああ、凭れかかってくるなよ。仕事に行けなくなってしまうたろうが。


「ねぇ、おしいそう?」


妻は目にいっぱいの涙をためて見上げてきた。身長差からなる自然な上目遣いが可愛さに拍車をかける。今にも襲いそうな衝動を歯を食い縛って抑え、あくまで紳士を装う。ゆっくりと頭を撫でる。


「うん、おいしそうだよ」


俺が、どうしようもないヘタレなのが一番悔しい。




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