ちょっきんちょ
彼女には付き合って三ヶ月になる彼氏がいた。彼女にとって初めての彼氏だった。ペアのネックレスをいつも大事に身につけていて、よく人に自慢をしていた。彼女はとても幸せそうだった。そんな二人がある日けんかした。原因はわからない。人である以上の醜さ、すれ違い、大体そんなものだろう。彼女は気に食わない様子。お互い自分は悪くないと思っている。それでいて相手に謝ってもらいたいと思っている。少なからず彼女はそう考えている。彼女はあまり友達の多い人ではない。きっと数少ない友人の中で私が一番頼られている。惚気話、彼氏の話、自慢話、デートの話。彼女は自分の話をするのが大好きだ。だから友人も少ないのだと思う。私は彼女がけんかの原因なんじゃないかって思っている。
ある日、彼女を家に誘った。まだ二人は仲直りをしていないようだったから、彼女に言いたい事があった。なんか変な臭いがするわ、と言いながらめ彼女は家に上がる。そうしてソファーに身を投げてクッションを抱いた。初めて来たときから彼女のお気に入りなのだ。そうして、やっぱり彼女は自分の話ばっかりしてきた。予想内。的中。でしょうね。私はいつものように適当に相槌を打つ。彼女は意見などを求めない。分かっていた。これで会話は成立していた。
十時を少し過ぎた頃、彼女はお風呂に入りたい、と言った。私は快く了承した。彼女は大きめのカバンから洗面用具と着替えを取り出す。チラリと赤いブラジャーが見えた。彼女には似合わないと思った。彼女が立ち上がった。私も立ち上がる。じゃあ借りるね、と彼女は浴室に向かった。私はキッチンに立ってゴム手袋をはめて彼女の使ったティーカップを洗いだした。泡だらけのティーカップを洗い流す前に彼女の鋭い悲鳴が聞こえてきた。耳をつんざく。耳障り。頭痛さえ覚えるような声。私はゆっくりと浴室に向かう。彼女はまだ悲鳴をあげている。浴室へと繋がる扉を開けたら真っ裸で、泣きじゃくっていて、血の気を失っている彼女が足元を這っていた。目が合う。また悲鳴があがった。
髪を掴んで激しく抵抗する彼女を浴室内に連れていく。扉は半開き状態になっていたから脱衣場までも異臭が来ていた。先へ進めば目までも刺激をする異様な激臭。彼女は足元でたえきれず吐いた。浴槽は文字通り血の海だった。覗き込むまでもない程の赤を主張していた。彼女はこれを見た。海は怪しげに息をするように、ポコリとガスを吐く。薬品が化学反応を起こしている。オレンジ色の体脂肪が揺らいだ。彼女はもう一度吐いた。ねぇ、見てよ。彼女の髪を掴み直した。悲鳴。煩い。力ずくで彼女の身体を起こした。ねぇ、見て。浴槽の中を指した。彼女はもう半狂乱に陥っていた。それでも構わず蛇口の方を指す。あのペンダント見覚えあるかしら。血に浮かぶシルバー。ハートの片割れ。彼女の悲鳴は浴室を響かせた。可笑しくって笑える。声は飽和し、鼓膜を刺激する。
彼女の頭を下に叩き落とした。彼女の髪がゴム手袋に数本絡み付いていた。私、男の人嫌いだってこと知ってた?知らないわよね。私の話をさせてくれないもん。私、男の人の突き出た喉仏も広い肩幅も口元に生える髭も嫌いなの。ほら、あなたいっつもこの人の話ばっかしていたじゃない。よく口が回る。私、とっても不快だった。でも私、あなたの彼氏さんだからって殺してから溶かしてあげたのよ。彼女は嘔吐を繰り返す。足元はべちゃべちゃしている。彼女は力なく泣きじゃくっていた。私の話なんか聞いていないようだった。私、あなたが好きよ。ほら、ここ数日、あなたはこの人に苦しめられていたじゃない。だから私、あなたの笑顔を見たくてね、こうしたの。これで笑顔になるとは思わなかったけど、そうしたの。だって私、あなたが好きなんだもの。私はしゃがみこむ。彼女はまた吐いた。もう何もない胃袋からは胃液が出されるだけだった。空回りする嗚咽。咳きこむ彼女。私は彼女の前髪を掴んだ。虚ろな瞳は死んでいた。彼女の胸元が輝く。それは首からぶら下がっている。彼女に似合わないと思った。だから引っ張った。それは呆気なく切れた。そうして首に両手をかけた。喉に指を食い込ませる。
彼女は抵抗するも力がない。だから私は力をこめた。そうしたら彼女は口端から体液を流しながら死んでいった。手を離したら彼女は頭から倒れた。私は一歩離れる。好きよ。彼女のネックレスを指に絡ませた。異臭が肺を満たし胸が苦しい。ええそうよ。私は彼女が好きだったわ。浴槽が息をする。縁の切れた音がした。
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高橋さま
企画へのご参加ありがとうございました!大変長らくお待たせ致しました。申し訳ありません!!ちょっきんちょ、という素敵なお題を上手に生かせず、ごめんなさい。ちょっきんちょ!と聞くと、やっぱり何かが切れる音だと思いました。単細胞ですね。最後の一文の為だけの余興と言っても過言ではないです。割に合わなくて申し訳ありません。そうしてとっても読みにくくてごめんなさい。
楽しく書かせていただきました!
お粗末さまです!
ありがとうございました!