秒針


料理も掃除も下手な私に、貴方はうまい、とも、まずい、とも言わずに黙っている。子供が出来なかった私たちの家はいつも静かで最低限の生活音しかない。


「あんた、」
「…………なんね」


丸まった背中に声をかけたらしゃがれた声で返事がくる。もう、お互い若くない。歳をとりすぎた。

それから言葉を返さない私に、その人はやや怒り気味にまた「なんや!」と言った。話す話題なんてなかった。ただ声をかけただけだった。まだ若い気持ちでいる私。老いを受け入れているけど、釈然としない私もいる。その人の声が鼓膜でこだまし、なぜだか酷く攻められたみたいで泣けてきた。

溢れてくる涙。思わずエプロンで顔を隠せばその人は「ほんま、なんやの…」と言った。本当に、私はなんなのだろうか。ついに声を上げて泣き出してしまった。

そうすればその人は長い息を吐いて立ち上がり、いそいそと私のもとにやってきた。わんわん噎び泣く私の丸まった背中を優しく上下にさすり、ただ黙って私が泣き止むのを待った。

下手に散乱した食卓テーブルの中央にある時計の針は何も音を立てないでスムーズに動く。だから流れるように時間が過ぎていくのを自覚する。こうしている間にも私たちは老いていくのね。

一昨日の味の染み込んでいない肉じゃががもう底を尽きていた。きっと、この人がまた黙って食べてくれたのだろう。ああ、それなのにどうして私はこの人に何もしてやれないのだろうか、とまた泣き出した。





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