四畳半に住む親子の話



幼い頃、母はよく家に男を連れてきていた。

寝ている幼い僕を叩き起こして押し入れに詰め込んだ。出てきちゃダメだからね、と強く念を押された。じめっとした押し入れ。怖い暗闇。涙がそそる。母の短い叫び声。押し入れの襖から光が零れていた。幼心にその隙間から覗き見れば、もう高校生になったからわかるけど母は、男と寝ていた。

ゾッとした。母のあんな乱れた姿、いやらしい声。何をしているのかはわからなかったが見てはいけないものだと本能で思っていた。けれども目が離せなかった。見たくはないのに、見てしまう。僕は母が大嫌いだった。けれども唯一の肉親でもあった。だから嫌でもそれらを受け入れた。中学に上がれば、男と顔を合わせる前に自ら押し入れの中に閉じこもるようになった。

そんな母がもう一ヶ月も帰ってこない。よくあることだった。男の家に泊まり込んでいるのだ。心配はしていない。いつも必ず大きなアザをつけ痩せて帰ってくるから。

母がそうでも、息子の僕は違う。高校生にもなって自慰をしたことがないから、そう言い切れる。もちろん、性に興味も関心もあった。だけど家の間取りが四畳半だけしかなくて、事に及ぼうとすれば四畳半しか行き場がなくて嫌でも母の痴態を思い出してしまってやめてしまう。

健全な高校生には辛かった。だって精を吐き出した事がないのだから。自分の中で得体の知れない何かが身体中を騒ぎながら蠢きまわっているようでもあった。人って限界を越えると、なんでもよくなってしまうらしい。一人で処理出来ないのなら、母の連れてきた男のようになればいい、そう思い始めたのだから。

あいにく女友達のいない僕は、親友の男友達を部屋に連れ込んだ。玄関で靴を脱ぐよりも先に性急に僕から唇を重ねた。何も知らない友人は焦って壁に僕を突き飛ばした。

ボロアパートの安っぽい木製の壁が波打った。背中に鈍い衝撃。それでも僕は構わずキスをした。どんどん深めていく。そうすれば友人もだんだんのってきた。

腰を引き寄せられた。頭を押さえられた。息が荒くなってきた。舌を絡めあうよりも見つめあうよりも先に身体を四畳半の畳に放り出された。膝の皮膚が擦り剥けて滲むように痛む。

上半身を起こそうとしたら友人が黙って僕を組み敷いた。状況を上手く理解出来ないでいる。声を上げようとしたら唇を塞がれ、やっと離れたと思ったらネクタイを口の中に詰め込まれた。

友人の下で藻掻いて必死に抵抗しても制服の擦れる音と、畳のすれる音だけしかしない。涙が溢れてきた。嫌だ。こんなはずじゃなかったのに。友人はあろうことか首に吸い付いてきた。

当たる髪の毛がくすぐったい。皮膚が痛い。生暖かい、友人の唾液が首筋をなぞる。ざらついた舌が這う。ワイシャツの裾から冷たい手が忍んできた。バックルが外されている音がする。

僕はこんな事を望んではいなかった。ただ、この家で一人で自慰をするのが嫌だっただけなんだ。ちょっと手伝って欲しかっただけなんだ。キスしたら、分かってくれるかなって思っていたんだ。僕は母の連れてきた男になりたかったんだ。僕は大嫌いな母にはなりなくないんだ。僕は母のようになりなくないんだ。

けれども僕の涙は虚しく、頬を伝い、顎を伝い、畳に染み込んでいった。



畳のあの独特な香りと、僕と友人と誰かの精液の臭いが鼻腔を刺激する。自分一人だけになって、裸で、精液まみれで、畳の上で寝転がっていて、無性に悲しくなった。

季節外れの風鈴が鳴く。



母はやっぱり帰ってきた。僕が乱暴に抱かれたあの日から二週間前後のこと。僕は何故かあの日からずっと友人に抱かれている。今は自分から背中に手を回しているほどだった。抱かれた後の悲しさを紛らわす為、なのかもしれない。自分でもよくわからない。

母は玄関から上がっただけで、部屋の臭いの変化に気付いたらしくニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。僕はなんだか形容しきれない思いになった。

アンタ今いくつだっけ、と母に聞かれた。この人にとって僕はどうでもいい存在なのだ。だからいつも僕について聞いてくる。この間も、年齢を教えたばかりだと言うのに。僕はぶっきらぼうに年齢を告げた。母の笑みがいっそう不気味で妖しく、いやらしくなった。

ははっ、どうやら僕は母を越したらしい。


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花井さま!
企画へのご参加ありがとうございました!提出が遅くなって大変申し訳ございません!!四畳半に住む親子の話、という事だったのですが上手に話を進められず、こんな感じに仕上がってしまいました。時間の割に合わなくて申し訳ないです。私だけが楽しい感じになってしまいました。変態の子は変態、とでも言っておきましょうかね!瀟然感漂うこの時期の風鈴ほど侘しいものはないと思いました、です。

楽しく書かせていただきました!

お粗末様です!
ありがとうございました!






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