青いイチゴ
昨年他界した母の為にと今年はお盆で親戚が集まった。集まったと言っても来てくれたのは結婚したばかりの従兄弟夫妻だけ。こうして会うのは正月ぶりだから、特に話す話題なんてなかった。適当にあしらって世間話を軽くしたくらい。
「お前もええ歳やろ?結婚はええで、今からでも遅くないから…な?」
従兄弟に肘で小突かれ、せやなー、と思ってもいない台詞を口にして苦く笑った。三十路をすぎているにも関わらず結婚、いや女と関わりがない俺。あったとしても身内くらいだ。あとは母の葬式の時に姉から預かられた女の子くらい。姉は遊び人だから、遊びの延長線で生まれてしまった子なのだろう。姉は多くを語らずに姿を眩ませてしまった。少しの間、面倒みてほしい、なんて言って、もう半年以上になる。
俺は一人、慰霊の前で胡坐をかいて、笑いもしない母をただ呆然と見つめていた。俺はずっと親の脛をかじっていた。こうして、本当に独り身になった今でも脛をかじっているんだから、骨の髄までしゃぶっていると言っても過言ではないのだろうか。母さん、俺はあの子の面倒をいつまでみればいいんだよ。
ふすま一枚越しで従兄弟夫妻と子供の話し声が聞こえてきている。何を話しているのかわからないが、とても会話が弾んでいるように聞こえる。子供といっても五歳児である程度の事は出来るし、それでいて人懐っこい性格。だから今までは苦にはならなかった子育てだが、ここ最近、色んな事に興味を持ちはじめたみたいで色々質問攻めされているから正直参っていた。セックスという単語を聞かれた時が一番辛かった。どうはぐらかしたかも覚えていない。子供の純真無垢故の恐ろしさ、探求心に戦慄さえした。一体、どこでそんな単語を覚えたんだよ。
線香が半分も燃えないうちに従兄弟夫妻は帰っていった。玄関まで送った子供に「また今度ね」なんて言い残していた。それを横目に深く息を吐いたら小腹がすきはじめたので、小さくなった車にまだ手を振っている子供の隣に行って、上から表情を読み取るように探りをいれた。
「せや、腹減ったか?」
「ううん、だいじょーぶ」
首を振られて短めの会話が終了した。気が済むまで車を見送ったら家の中にあがって一緒に並んで手を洗いウガイを済ませた。子供の教育上そうしている。子供にとって大人は常に見本でないといけない。この子には俺のような人生を歩んで欲しくないのだから、これくらいはやる。だから酒も煙草もやめた。AVだって控えている。お陰様で何においても欲求不満だけど。
ソファにどっかり体を預けて天井を仰いでいたら楽しそうに子供が膝の上に乗ってきた。視線をずらせば目が合って無邪気な笑顔を振りまかせた。「おじさん」なんて舌足らずな声で呼ばれて適当な返事を返した。
「けっこんってなに?」
「けっこん?」
「そー、けっこん」
「あぁー…男と女が一緒になることや」
ふぅん、なんて分かっているのかどうか分からない曖昧な返事が返ってきた。きっと、さっき吹き込まれた単語なのだろうとすぐに分かった。ああほんと単純で可愛いなってさりげなく腕の中に閉じ込めた。
「じゃあわたし、おじさんとけっこんしたい」
腕を小さな両手で掴まれてそう言われた。俺の説明が言葉足らずだった故の台詞に、なぜだか胸が熱くなって気分がいい。本当に、子供って可愛いな。
「ありがたい話やけど、それはむりや」
「えー、なんで?」
そう言うもんやの、と宥めれば子供は腕の中で反転して正面から抱きついてきた。短い腕が背中の脇腹辺りでシャツを無造作に掴んだ。呼吸をすれば子供の体も連立して動いた。
「だってわたし、おじさんといっしょになりたいもん」
どういう訳か、何処かで元気に暮らしているであろう姉貴もこんな陳腐な台詞を言ってお金を稼いでいるんだろうな、と安易に想像ついて背中に嫌な汗が滲んできた。
参ったな、と視線を四方八方に泳がせて、この話題をどう乗り切ろうか必死に考えた。脳の中にある血管が脈を打ち始めたみたいになって眩暈さえ覚えてきた。無作為に子供の頭を撫でてみたら無性に愛しさが込み上げてきた。
瞬きをしたら、禁欲しているからだろうか、子供に欲情しかけている自分がいた。これはイカン、と撫でる手を止めて膝の上から下ろしてあげた。事情を知らない子供は不思議そうに俺を見つめて、「ねぇねぇ、おじさん」なんて足に絡み付いて駄々を捏ねてきた。
「なんでダメなのー?」
「なんで、言われても…」
「おじさん、けっこんしたくないの?」
「…は?……あっ…あんにゃろ…」
あの従兄弟に吹き込まれたんだ、とすぐに分かった。視線を横に逸らして聞こえないように舌打ちをする。道理で餓鬼が三十路のオッサンに求婚してきた訳だ。その納得のいく理由に胸を撫で下ろした。
父親の顔を知らない、母の愛も知らない未熟な子供が、たいして血も繋がらない、たった半年そこらの付き合いの冴えない三十路に、ここまで好かれているわけがないと思ったのと同時に、正直、うれしかった。それこそ、好かれていると思ったから。
「とりあえず、離れや」
「じゃあ、だっこして」
「……いやや」
「…じゃあ、やだ」
頬をはち切れんばかりに膨らませるもんだから、ここは我慢して膝の上に乗せてあげる。子供は満足そうに笑い、足を放り出してバタ足を繰り返していた。一度、意識してしまうと、どうしようもないのが人間の性というものか、長い髪の隙間から見え隠れする白いうなじが気になって仕様がない。
吸い付いたら、柔らかいんだろう。きっと、くっきりと吸いあとが残ってしまうんじゃないかな。ああ、肌触りもいいんだろうな。いや、そういえば、この子と一緒にお風呂に入っているんだった。いつも背中を流しあっているんだ。ひとつ屋根の下で衣食住を共にしているんだった。気にしないように、というかこんなふうに気にしていなかったから、変な気分になった。
そう考え出したらキリがなかった。そうして気付かれないように頭を抱えた。ああもう、と嘆くほかになかった。
「おじさん?……だいじょーぶ?」
「あ…、おっおう!超大丈夫や!」
見てみ、この力こぶ!と左腕の上腕二頭筋を見せ付ける。これはお決まりみたいな流れ。そうしたら、おじさんすごーい、と小さな手から拍手が送られた。毎度の茶番だが誉められて悪い気はしない。
ああ、これからどうしようか。そうだ、今日も一緒にお風呂だ。どうしよう。一人で入れるのにはまだ早いな。お湯が熱すぎて火傷させてしまうにもいかないし、カミソリなんか触ってしまったら大変だし、浴槽に溺れてしまうかもしれないし、滑って床に頭を打ち付けてしまうかもしれないし。考えたら考えただけ恐ろしくなる。
そうだ、一緒の布団でも寝るんだ。もし、一人にさせたら、とそこで考えるのを一旦やめた。一息ついて子供を見つめる。最近買ってあげたくまのぬいぐるみが余程気に入っているようで、鼻先に唇を落としていた。ああ、俺にもして欲しいな、なんて。おはようとおやすみのキスとかな、いいなぁ、なんて。
「はい!おじさん、ちゅー!」
「あ、っ…おい!ふぐッ」
ボケッとしていたらぬいぐるみを口元に押しつけられた。目となっているボタンが皮膚に当たって地味に痛い。数秒間押し付けられて離された。子供は楽しそうに微笑んだ。そうして気が付いた。これは、間接キスだ。
たちまち顔に血液が集中してくるのを自覚した。どうした俺。結婚しようと言われてから変に意識し過ぎだ。胸の奥が痛む。まばたきの回数が増えた。
そういえば、セックスの意味を聞かれた時に、わたしもやってみたい、なんて恐ろしい事を言っていた事を一人で思い出して泣きたくなってきた。禁欲もほどほどにしないと、大変な事になってしまうな、と思った。
駄目だ、今の俺だとこの子で抜いてしまいそうだ。視線を逸らした先に母の慰霊が見えた。
母さん、俺はこの子の面倒をいつまでみればいいんだよ。そう問いかけてみても、ただ線香の香りが鼻腔をくすぐっただけだった。
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Liさま!
企画へのご参加ありがとうございました!おじ幼女とのことで、設定だけ無駄に作って幼女に目覚め始めたおじさんを書かせていただきました。きっとこれから悶々とした日々が過ごされていくんだろうな、なんて考えていたりしています。ほんの少しだけ私の変態さが分かってしまうような内容ですね。題名とかも、なんか、成長したら美味しくいただけそうな感じで、なんか、ごめんなさい。
楽しく書かせていただきました!
お粗末さまです!
ありがとうございました!