うごく
澄みきった空の青さに見惚れていた。雲は西から東へとゆったりと動いていってる。いや、この表現は違う。地球が回っているんだから。
「何してるの?」
「あ……空みとんのや」
「へぇ、似合わないね」
「やかましわ」
立ち入り禁止の屋上に寝転がっていたら、つい最近俺の彼女になった奴がノコノコとやってきた。スカートを気にしながら隣にしゃがみこんでいたがチラリと中が見えてしまった。不可抗力だからしょうがないし、興味ないし、正直、この女には一生欲情しない自信がある。
「いい天気だね」
「…せやな」
「雲が動いてるの分かるね」
「…ん」
コイツ馬鹿だななんて思ったけど会話が面倒くさかったから聞き流した。大きなアクビをしたら目尻に涙が滲んで瞬きを繰り返して眼球に涙を薄く伸ばした。
「…あのね、」
「…ん?」
「私ね、自殺願望あるの」
「ふぅん…」
カラスが一羽、俺の視界を横切った。もう一度アクビをしたら本当に眠たくなってきた。体を動かすのがかったるく感じる。
「私、下心で貴方に近づいたの」
近くの小学校の間延びしたチャイムが鳴った。
「ごめんね…」
「…俺と飛び降りようって魂胆か」
気だるく上半身だけ起こして彼女の表情をうかがった。浮かない顔をしている。否定も肯定もしないのだから後者なのだろう。なんだよ、この展開。
「聞いて、」
「…聞かん」
「お願い」
「うっさい」
膝で詰め寄られたので立ち上がって振り払った。気分よかったのに不愉快にされたこっちの身にもなってほしい。首だけ振り向けば制服のリボンを掴みながら俯いていた。袖から見えたその手首には無数の赤い線が刻まれていた。また、見たくもないものを見てしまった気がした。
「…なんで死にたいんや」
「………べつに」
「じゃあ、なんで俺なんや」
「…いつも空に一番近いじゃん」
聞いた俺が馬鹿だった。頭が完全に逝っちゃってる女だったのだから。
「なにアホな事ゆーてんのや」
「…だって、」
「付き合ってられんわ」
「………」
まだ俯いたままの女のつむじを見つめてから前に向き直した。フェンスの網目の先はどうやら平和そうだった。
ボケッと景色を眺めていたらカラスが視界を横切った。どうやらそのカラスはさっきから俺たちの頭上をゆっくりと旋回しているみたいだった。
「…場所変えようや」
「え……」
「…ええから」
「で、も……だって……」
彼女はウジウジして一向に立ち上がろうとしない。もしかしたら、今日ここで、俺と身投げをするつもりだったのだろうか。だったら尚更だ。
「まだ死なんでええから」
「…だって、わたし、」
「俺の女やら、ゆーこと聞きいや」
「……………うん」
控えめに差し出された細い腕を掴みとり力ずくで立ち上がらせた。彼女は一瞬だけよろめいてバランスを崩したが素早く体に腕を回して抱きかかえた。時がゆっくりと廻りだす。
「あ、っ…ありがと」
「別に…」
俺らの頭上ではカラスが悠々と飛び回っている。そのカラスの頭上では雲がゆっくりと動く。それらと同時に、俺ら二人の中にある見えない何かも動き出した気がした。