微睡む時間



宵闇に白く浮かんだ怪しげな三日月に酒が進んだ。隣では縁側から両足を放り出して無邪気に月を見ている女の子。あの月が黄色くなったらいいのに、と訳の分からない事を云うので構わず黙って酒に口付けをした。


「私の話お聞きになってました?」


その子は頬に空気を溜めて睨むように顔を覗き込んできた。聞いてはいたが応えなかっただけで、と言おうと思ったが結果的に無視をしていることに気付いたので酒と共に呑み込んだ。


「ほんと、冷たいお人ね」


その子はそれだけ言って唇を尖らせた。餓鬼にそこまで言われると流石に腹が立った。うつらうつらする思考の今では何だか短気になってしまう。まあ、少しからかってやろう、と垂れ下がった首を持ち上げた。


「月が黄色くなんてならん」


その子の顎を優しく掴んで引き寄せて目を合わせた。小さな吐息が顔にかかった。ほんのり甘く香ったが、それが自分の酒の香りだと気付いて喉を鳴らした。目の前では薄い水の膜のはった瞳が大きくなって静かに自分を映した。


「ちょっ、ちょっと…っ」
「少し、黙りなさい」


そうしてそのまま近付けていく。呼吸を控えてその子が目を閉じたのを確認して酒に口付けた。そうしていたら、痺れを切らしたその子がうっすらと目を開けた。そんなに接吻がお望みなのか。全く、気が早いったら。

やや乱暴に唇を押しつけた。薄っぺらな唇を堪能する事なく舌で唇を割って酒を流し込んだ。突然の事でその子は肩を大きく揺らした。逃げるような仕草を見せたので腰を引き寄せて構わず酒を流し込む。呑むように促せば胸を押していた手から力がゆっくりと抜けて喉が上下した。そうして唇を離した。


「なっ、な、なにを……っ」


その子は顔を真っ赤にさせて浴衣の袖を唇に強く押しつけた。酒がついた自分の唇を舐めて口角を少しばかりあげた。


「餓鬼には少々、刺激が強過ぎたかな」


夜風が二人を包み込むようにとぐろを巻いた。未成熟な体に酒は無理を言ったようで、たちまちその子は力なく体を預けてきた。自分の撒いた事なので優しく受けとめれば身を捩らせて拒んできた。

呂律の回らない声で何かを言っているが聞く気もないので構わずあやした。女とはこういう事に弱いと知っていたからだ。しばらく単調に背中をさすっていたら大人しくなった。寝たのか、と顔を覗けば重たそうな目蓋を開けてゆっくりと瞬きを繰り返していた。


「急に塩らしくなったな」
「まだ…なんも、しらんのに…」


そう言って人差し指で唇をなぞっていた。これほどまでに純真無垢なのか、むしろ質が悪い。眉をひそめて、聞こえるように溜め息をついた。酒なんか呑ませるんじゃなかった、と今更ながら酷く後悔をした。もう一度、視線を合わせる。


「知らないなら、俺が教えようか」


社交辞令とは少し違うがそう言った。他に言う台詞がなかったと言われたらそれまでだった。自分も大概に酒が回っているようだ。じわり、と体温が上がった。

その子は数回瞬きをした後、なぞっていた人差し指を唇から覗かせた舌でほんの少しだけ舐めてから、自分の下唇にその指を這わせた。湿った指は頼りなく震えていたが、自分の少し擦れた唇にわずかな潤いを与えているようだった。そうして小さく息を吸う音がして、


「月が、黄色くなったら…いいわよ」


とその子はイタズラに言った。視線を落とせばうっすらと開いた目蓋から覗く黒目と焦点が合った。餓鬼の癖に、と密かに腹を立たせたが、肩をすくめて口付けをした。


「…これはひとつ、やられたな」


ネコが短く鳴いた夜の事だった。


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網山さま!
企画へのご参加ありがとうございました。「微睡む時間」との事でお酒を使ってほろ酔いにさせて微睡みに近付けてみましたが、なんだか分からないですよね。最後のネコの鳴き声は可愛くても、鋭くても面白いですよね。微笑ましいような感じに仕上げたかったのですが成り行きで少しばかり歪んでしまったのが悔しいです。ごめんなさい。

楽しく書かせていただきました!

お粗末様です。
ありがとうございました!




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