諧謔
取り敢えず太ももの内側に歯を突き立てた。安っぽい椅子にロープで裸体を縛り付けて猿轡を嵌めさせて、ガムテープで目を覆わせ高性能のヘッドフォンでモーツァルトを聞かせている相手は小さな隙間から必死に酸素を取り込みながら奇声をあげている。せっかくのモーツァルトが台無しじゃないか、とiPodの音量を最大限あげれば自分にも柔らかで激しい旋律が聞こえてくる。
「死後硬直ってどうして起こるんだろうね、オレ食べるのすっげぇ遅いのに。だからこうして人肉食べるの一苦労なんだよね。だって食べる間に死んじゃうからさ、別に死後硬直ってすぐ固まるわけじゃないんだけど、オレ遅いからさ。食べるの。だから食べきる前に固まっちゃって、どうしても全部食べれなくて、勿体ないことしてるんだよね。ネットで死後硬直を防ぐとか検索してみたけどなんかどれも面倒くさくてさ、あっ、もちろんやってみたよ、書いてあったの全部。だけどやっぱ鮮度落ちちゃうからね、うん。いやだな。んで、落ち着いて考えてみたらオレさ好きなものは最後まで残しておく派だったわけよ。だからね!おぉ!モーツァルトも盛り上がってきたみたいだけど、オレ好きなところから食べることに決めたんだ。そう、君で28人目。まだ自分の好きな部位を見つけてないんだよね。胸が美味しかった人もいれば左脇腹が美味しかった人もいて、当り外れがあるってゆーか、なんだろうね。わからないけど。…取り敢えず君は前の子の美味しかった内太ももから食べようかと思って…って、モーツァルトに夢中で聞こえてない、か。あっ、ちゃんとムダ毛処理してるね、ありがたい。そりゃね、今夜君の中ではオレとセックスする予定だったもんね。SMに興味あるんだって言った時の、君の顔!正直勃起した。むしろセックスしてからでもいいやって思った。でも、なんだろうね。キスして目隠しさせて猿轡嵌めさせたら、お腹空いてきちゃって。まあ、性欲より食欲の方が大事でしょ?オレ、こんなんだけど割と普通の凡人だからさ。…ああー、しゃべりすぎた、喉乾いたー、食べる前に血か尿でも飲みたいんだけどー……、あー。うん、ごめん、血飲むわ、ごめん、いただきます」
長い髪を掻き分けて首筋に浮かんだ青筋に犬歯を突き立てて、小さくあいた穴からおもいっきり血を吸い込む。喉を上下させるほど一度に出るわけじゃないから舌先を上手く使って飲んでいく。血が出にくくなると穴の周りの肉を噛んで無理やり押し出す。それでも出なくなると肉を噛み千切る。満足するまで飲んで一息ついたらいつの間にか君は死んでいてモーツァルトが哀しく聞こえてきた。
「ああもう、だから死ぬなってば」