親友
ただ水ですすがれただけのリンゴをかじってみたら前歯が折れるか抜けるような気がして歯茎が痛みだした。
「アホだな」
「んー、んーんー」
「ハイハイ日本語でオッケー」
「い…いひゃいい」
「ぶっ、ひっでぇつら」
「うぅ…こっちみんなー」
もう一度涙目で睨むと可笑しそうに笑われて虫に喰われたみたいなそのリンゴを手にとってまた笑ってきた。
「割に合わねー代償だな」
「かたい…いたい…いたい…」
「んじゃ、これ貰うわ」
「やだ…まだ、くう」
「どうせまたそーなる」
「うっさいわ」
リンゴを取り返して少しだけ噛られたそこに前歯を当て下顎を上手に使ってリンゴにかじりついた。
先ほどよりかは食べれたが今度は歯と歯の隙間にリンゴの赤い皮がはさまって歯茎が裂けるような気になった。
「ちょっ…まじ…はらいてぇ…っ」
「も、リンゴ、きらい…」
「下手くそすぎ、不細工すぎ…っ」
「そんな笑うなよ」
「ヒィ…だって、だってよう…」
「じゃあ食ってみろよ!」
ぶっきらぼうにリンゴを渡すと、それはもうポッキーのシーエムみたいにリンゴを目の前で噛ってみせた。
どうやら本当に噛ったみたいでしっかり咀嚼音が聞こえてくる。そうして勝ち誇ったようにまた笑ってきた。
「どうだ!みたか!あん?」
「はっ、それくらい余裕だから」
「つ、よ、が、ん、な、よ」
「馬鹿にしたなおいコラ」
「あ、さっきまでのは演技ネタか」
「おおう!ちょっとリンゴ寄越せや!」
ほらよ、と投げ渡されたリンゴを両手でキャッチした。食べ物を投げるなよ、と一瞬だけ思ったがそれは頭の片隅に寄せて今は目の前のリンゴだけに集中した。
「いっただきまーす」
そうして勢いよく噛み付いた。先ほどのポッキー食いのように。そうしたら予想以上に食べられたところが大きくてリンゴにかすりもしないまま、ただほんの少しの果汁だけを感じて終わってしまった。歯がカチンと鳴った。盛大の空振り。
「ちょ…それ、は……ひっどい…っ」
「………あ……あ……、あ」
「ヒィィ!笑うしかない…っ」
「これだからリンゴは嫌いなんだ!」
「お前のセンスだろバーカ」
「悪いのはこのリンゴだァ!」
リンゴを鷲掴みしたまま嘆いた。リンゴは嫌いではない。たった今だけほんの少し嫌いになっただけであって。
「八つ当たりすんな、リンゴ不憫すぎ」
「そう思うなら笑いながら云うなよ」
「これはお前に対してだ」
「あーもーマジでこれやるから黙れ」
「ラッキー」
「そして死ねついでに死ね、死ね!」
「あっ!てめえ!絶交だ!絶交!」
「上等だ!コノヤロー!」
「歯茎押さえんながら云うなバカ」
「だから笑うなって!」
リンゴひとつでここまで笑えるのはどうかと思うが、きっと一人じゃここまで笑えないよな。