料理
「あの、」
「あと少しだっつの」
パソコン画面から目を離さずにいる彼は冷たく尖るように言い放った。こんなやり取りを続けて一時間程経過していた。
「すみません、もうお腹限界です、何でもいいので食べれる物、作って貰えませんか」
お腹が鳴らないようにさすりながら彼にそう言った。料理は卵焼きだけしか作れないので食事は彼に任せている。最後に食事をしたのが朝の八時過ぎで今が午後五時半である。胃も何もないとないている。
「あーメシな、そういや今何時だ……って、マジかよ、昼食ってねーじゃんか」
それは悪ィな、と言って咥えていたタバコを灰皿に押し付け立ち上がるのと同時に髪をクシャリと撫でた。大きくてゴツゴツしていて、それでいて器用な彼の手が大好きだ。はにかみながら乱れた髪を適当に直した。
「喰いたいもん作ってやる、何がいい?」
「…野菜炒め、がいいです」
そんなのでいいのか?と彼が聞きなおしてくるので、野菜が食べたいので、と言えば彼は腕を捲りながら冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫を物色する彼の後ろに回り、少しだけ彼に近付いて前掛けエプロンをつけさせてあげる。腰紐を前で交差させて後ろで蝶々結びをした。
「サンキューな」
「いえ、こちらこそ」
いつも美味しい料理ありがとうございます、とだけ言って食卓テーブルを片付けようと彼から離れたら、突然後ろから腕を捕まれた。
振り向くと俯きながらも照れ臭そうに笑う彼の姿があった。大きな体の割に合わない彼が可愛くみえてしょうがなかった。
「…すっげーうれしい」
「ええ、」
「…抱きしめてもいいか」
「………一々聞かないで貰えますか」
彼はそれもそうだな、と腕を引っ張った。傾いた視界。近づいた体温。暖かい心音が耳に伝わってくる。腰に回した腕に力をこめた。ほんわかと時間が流れる。
「あー、癒される」
「…………」
「あー、好きだ」
「…僕もです」
つい先ほどまで仕事をしていたのに、ご飯を作らせるなんてとても申し訳ない気持ちになった。彼の服を掴んで、もっと彼と密着した。そうしてゆっくりと離れた。
「あの…すみません、やっぱり」
「あ?なに」
「…しょくじ、は、」
「野菜炒めだろ?今から作るから」
彼は大きな手でまた頭を乱暴に撫で回した。疲れているであろう身体を酷使してまで料理をしなくてい、と言えなかった。アクビを噛み殺してまで、彼に包丁を持たせるのが嫌だった。
「ん?どーした?」
冷蔵庫から取り出された野菜たちを水でゆすぎながら彼は聞いてきた。一度言おうとしていた言葉を吐き出すチャンスだと思った。顔をあげれば目が合って、お腹が鳴って、恥ずかしくなった。
「あ、え…っと、」
「ははっ、待ってろ、直ぐ作ってやるから」
「……嫌です」
「はあ?」
恥ずかしさで真っ赤になった頬が落ち着かないまま彼を下から睨んでやった。精一杯の反抗だった。
「一緒に作ります」
流れっぱなしの水道水に手を突っ込んで勢いよくあらいはじめた。彼は不思議そうに笑った。
「なんだ、そんなに腹へってたのか」
「誰の所為ですか」
「あ?俺の所為だって云うのか」
「構ってくれなかったじゃないですか」
彼はわざとらしくため息をついて肩に寄り添ってきた。見上げたら柄にもなく耳を赤くしている彼がいて、名前を呼ばれた。
「はい、なんでしょう」
「ムラッときた」
「何言ってるんですか」
「そのまんまの意味だよ」
お腹空いてるんです、それだけ言って玉ねぎの皮をむきはじめた。彼は腑に落ちないといった表情をしながら作業をはじめた。
「なら、久々に一緒にお風呂入りますか」
「えっ……、お、おう…いいぜ!」
顔を合わせて笑いあえば、顔を近付けて口付けをして、それがなぜだか無性に甘いと感じた。料理とは何を食べるかではなく誰と食べるかが問題なのでしょうね。