「私ね、お寿司嫌いなの」
「…………は?」


二時間待って、やっとの思いで座れた回転寿司のカウンターで、彼女が言った。


「ここ来たいって言ったじゃん」
「うん、言ったよ」

「え、……何?」
「まあ、気にしないで」


そう言って彼女は「ほうじ茶でいいでしょ?」と湯呑みに四角いパックを二ついれて聞いてきた。むしろ「ひとつがいい」と言いたかったが、もう遅いので頷いた。


「すみません、取り敢えず中トロ」
「あ、私はタマゴ」


威勢のよい返事に店内にいる従業員みんながそれに続けて返事をした。隣の彼女と顔を見合わせて苦笑いをする。


「ねえ、マグロ好きなの?」
「まあ、そうだね」

「…やっぱ私、日本人の恥?」
「マグロも嫌いなのかよ」


呆れた、と頬杖をついて湯気を揺らしているほうじ茶に口をつけた。熱くて、やっぱり濃かった。


「なんで寿司嫌いなんだよ」
「え?………魚が嫌いだから」

「今まで何食ってきたんだよ」
「肉と野菜、米にパン、それにお菓子」


彼女も湯呑みに口付けをして「やっぱ二つは濃いわ」と眉をしかめた。


「魚は嫌いだけど興味はあるの」
「へえー」

「生態とかそっちの意味で」
「あっそう」


そうして目の前に中トロとタマゴが出された。彼女は箸を割ってタマゴの寿司をとると醤油をふわりとつけて頬張る。それに続いて中トロを食べた。うまい。


「最後はお店に来て、胃の中ね」
「魚の話?」

「それから消化器官へ行って、」
「ここ、飯屋だから」


肘で彼女を小突けばはっとして唇を結んだ。お茶を啜る。味が濃い。


「魚、すき?」
「肉と比べたらそうでも」

「あら、なんかちょっと魚不憫ね」
「んなことねーよ、きっと」


魚の事を考えてみると、たいして魚が好きでもない奴に喰われて終わる人生なんて、みすぼらしいと思った。


「すみません、茶碗蒸し下さい」
「あ、カニとエビ、あとゲソ下さい」

「…もしかして、侘しいって思った?」
「そんなんじゃねーよ」


深い息を吐きながらカウンターの下で周りの人にはばれないように彼女の手を握った。少し湿った手のひらに愛しさを感じた。目の前をゆっくりと通りすぎたのは干からびた魚の切り身だった。




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