削除



帰ってきたあの人を笑顔で迎え入れ、カバンを受け取り先を歩かせる。明日の朝のために靴を揃えてからあの人の背中を追う。

脱いだ上着を受け取る。外されたネクタイも受け取る。吸わないタバコの臭いの奥に微かな甘い匂い。


「食事はとってきた、風呂に入ってくる」


ワイシャツのボタンを開けながら浴室へ急ぐあの人。部屋に静けさがまた訪れた。ハンガーに上着をかけてポケットを探る。

不在着信のライトと知らない女の名前が光る携帯が手の中に収まった。慣れた手つきで携帯を操作し耳に当てる。ツーコールあとに電話が繋がった。


「もしもし?」
「ああ、どうも、お久しぶりですね」


若い男の声が耳に触れる。あの人の部下の声。


「また、浮気…ですか」
「ええ、もう、参っちゃうわよね」


うすく笑った私にその人は優しく声をかけてくれる。


「……なら明日の夜、逢いませんか?」


私の返事でその人は電話を切った。そうして私は黙って二つの履歴を削除した。






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