みじめ



自分も健全な男です。人並みに性欲があって当然です。ただ男としての性欲と言うのとは違って「抱かれたい」と言う斜め後ろの性欲なのです。男としてどうなのだろうかと思い詰めて女を「抱いた」日もありましたが自分はやっぱり男に「抱かれたい」です。相手が男だからか少し乱暴で辛苦に感じますがそれさえも快感に繋がってしまうのです。自分にはない逞しい筋肉、がたいのいい体格、何より太く大きな男根は肉体美と称しても物足りないくらいです。例に依って持て余した性欲は厭らしい事が好きな男性になんとかしてもらいます。わざとらしく服を乱して色素の薄い肌を胸元まで多く露出し薄汚い路地に身を潜ませす。男性に拾われなければなりません。自覚しているひょろっとした頼りない自分の身体を上手く利用し、困っている人を放って置けない心優しい男性に声をかけてもらい恥ずかしげに言えばいいのです。「せーえきください」八月だと言うのに路地裏とは不思議な場所で涼しさがあります。それでも霊長類の体温は冷えきる事はありません。少し肌寒いくらいです。乱暴に扱われ捨てられたかのように見せていたシャツの胸元を片手で閉じました。まだ誰も話し掛けてはくれません。もう三時間です。「抱かれたい」衝動は時間が経つにつれ砂時計のように募ってくるのです。自慰では足りない刺激を女性が使うバイブとかでなんとか誤魔化してきた一週間でした。それでもまだ物足りないのだから自分でも恥ずかしいくらいの痴態っぷりです。お腹が空いてきました。元気が出ません。お腹を擦りながら膝を抱え込みました。そうして自然にベルトへ手が降りて行きます。「あの、大丈夫ですか?」声をかけられました。変声期が来ていない男性の声でした。顔をあげれば丸い眼鏡をかけた男の人。自分のようにひょろっとしていて、頼りなさそうで。善人に声をかけられたのでした。どうみてもその人は童貞でした。そうして異性愛者でした。この人に言ってみてもいいのだろうかと一瞬考えて「せーえきください」と言いました。どうせ二度は会えない一期一会なのだから、なりふり構わずその人のベルトを外して性急にズボンと下着をずりおろせば萎えた男性器が現れました。その人は突然の事で戸惑いを隠しきれずにその場にしゃがみ込みました。涙声で何かを訴えています。ズボンを履こうとするその人にしがみついて必死に阻止していましたが、頬に一発、その人に似合わない暴力で自分の動きを止めさせました。血液が頬に集中的に集まって来ます。涙で視界がにじみ始めました。路地裏独特の冷たさが肌に触れて何故だか惨めになりました。その人が慌てた様子でズボンを履き終えると、申し訳なさそうに近寄って、口の端をハンカチで触れました。一瞬だけ離れたハンカチには赤いミゾレが付いていました。その人は精液の事ではなく殴った事に対して申し訳ない気持ちを表していました。それを悟ってとうとう涙も落ちました。視界の端でその人は狼狽えています。そんなことするくらいならフェラくらいさせてくれたって、ああ、それさえ嫌だったのかな、なんて、欲に飢えた自分の盲目さに落胆しました。いいえ、確かに自分はそれを分かっていました。けれども、もう会わない人だからと、自分を正当化して、理性が千切れて、本能のまま、欲望のまま、自分はその人を傷つけ、そうして自分さえ傷つけたのです。なんて醜いのでしょうか。それでも、せーえきが欲しかった、「抱かれたい」衝動に駆られた、愚かだと客観的に、他人事のように思いました。顔を上げればその人が顔を真っ赤に染め上げて、眉毛を八の字にして「大丈夫ですか?」と聞いてきました。こんな人の精液はきっと濃厚で大量で、そこまで想像してやめました。

それでも本能的に欲したのでした。




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