「なんや、また一人かいな」
「やかましいわ」


縁側に腰を下ろして足を放り出していたら後ろから声をかけられた。普段なら声を掛けられただけで喧嘩をおっぱじめるのだが今はそんな気持ちではない。すなわち関わりたくない。日はすっかり落ちて、辺りは部屋からの灯りだけしかない。近くの草むらから虫の羽音が聞こえている。心地よい風がふわりと包み込んだ。


「去れ」
「相変わらずかわいくないなー」


馴れ馴れしく隣に腰を下ろしてきた。歳に合わない声をあげながら浴衣を気にして胡坐をかいている。二人の間には中途半端な隙間がある。所謂、幼なじみの距離であった。


「いい湯やったで」


お風呂上がりのようで髪が乾ききっていなくてふわりとしている。手で顔を扇ぎながら「次、入りい」と言った。家族の仕事柄こうしてお互いの家に泊まり合うことがある。


「アンタの後なんぞ入れるか」
「なんやと!」


彼は険しい顔をして私の方を向いたが、すぐに前をむき直した。不思議に思って隣を盗み見したら膝に肘を立てて頬杖をしていた。葉がこすれる音がする。彼は遠い目をしていた。将来を見ているのか過去を見ているのか分からない目をしている。


「大人の女になったんやな」


そうしてばっちり目が合う。瞬きを繰り返して、呆れたように笑った。草むらに視線を戻した。


「あての事そんな目で見てたんか」
「阿呆、今だけや」


クスリと笑った。こんな餓鬼からそんな言葉が聞けるだなんて想像した日があっただろうか。餓鬼と言えども自分と彼は幼なじみで身体的な意味では大人なのだが内面は幼い頃と何ら変わりないのだから笑わされる。


「気持ちええな」
「……せやな」


そよ風で髪がなびいた。視界の端でちらつく髪が邪魔なので耳にかけた。息をひとつついて空を見上げた。そうしたら彼が突然、太ももに頭を預けてきた。


「ちょ、何しとんのや!」
「ええから、ええから」


太ももの上にある頭が慣れないこそばしさを昂ぶらせる。それに妙に温かくて、可愛らしさがある。大きな子供のようだ。無償の愛が込み上げてきた。短い髪に指を突き刺すと隙間から抜けていき指は空を描いた。


「…風呂、俺と入らんか?」


どや、と目が合えば急に顔が熱くなってきた。思考が追い付けないくらいの早さで回転しだす。しどろもどろになった私の手振りに彼は喉元で笑った。


「な、なにゆうてんの!阿呆か!」
「冗談やて、じょーだん」


彼が頬に手を伸ばしてきた。身動ぎ拒んだがあっさり捕まった。温かくて、少しかさついていて、ゴツゴツしていて、大きい手だった。輪郭を指でなぞって耳を捕まれた。慣れない感触に目を強く瞑って下唇を甘く噛んだ。

耳たぶが弄ばれている。恥ずかしさで声が出ない。心臓が脳にあるような気がした。ドクドクと痛む。

耳たぶが解放されたのでゆっくり目を開けたら、首に手を回されて彼の顔がさっきよりも近くにあって目が合った。


「わっ!」


私が驚いて立ち上がると、彼は床に頭を強打した。後頭部をさすりながら起き上がる彼とまともに目を合わせず、口は金魚のように開閉を繰り返し言葉が発せられない。


「あっ、あて、風呂入ってくる!」


彼を振り払って縁側を後にした。


「なんや、かわええな」


彼の呟いた声は自分の煩い心音で掻き消された。自分とすれ違いに葉月の風が爽やかに吹いた。




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