黄月
食べる専門だ。作るのは多分嫌いじゃないけどマネージャーとか先輩とかが差し入れをくれたり、机の上に俺より淋しそうな母親手作りのご飯があったりする。つまりは作る理由がなかった。それだけだ。
スーパーで卵を買ってみた。ハロウィンのケーキづくりのために。伊月先輩は料理のなかでは卵焼きには自信がある、とだじゃれ混じりに言ってたっけ。
コピーをすればきっと、テレビにでてるような脂っこい料理人より旨くできるだろうけど。
俺が作ったオリジナルの卵焼きを作ろう。卵パックから卵を取りだし割る。
「あ」
ぐしゃ、という感じになった。割れたけど割れなかった。指が入って白身部分がたらーんとでていた。漏れていた。洗ってしまおう。ぬるぬるする。蛇口をひねる。
案外もろかったな。すぐに割れた。嫌だな。また、割っちゃいそうだな、割れちゃいそうだな。
殻の破片が台所に散らばり、黄身が爪の間に入り込んだ。
残った卵を手に取ってボウルにいれておく。あ、まだ手がべたべたする。
「時間なくなってきてる……」
レシピは印刷してどこに置いたんだっけ。布巾で手を拭いて居間に向かおうと足を進める。
ぐしゃ。ぐしゃ?
聞き覚えのある音がしてスリッパを履いた足をあげると、俺によって潰されたかわいそうな卵の姿があった。
「うっわ!汚ない!!」
近くにあった雑巾でスリッパと床をふく。割れた卵からあふれでる黄身が妙に色鮮やかで不気味だな。
この黄色は、遠い昔の俺のような雛で、いつかみた鳥になるはずだったんだよな。この中に目が、耳が、口が、手が、足が、命が。
鳥になるはずだったんだよな、お前も。鳥、と考えて出てきたのは、伊月さんの異名。
イーグルアイ。だから、鷹かな。鷹の卵はどんななのかな。割れやすいのかな。どうなんだろうな。きっと、落としたら。力を込めたら。すぐに割れちゃうんだろうな。呆気ないんだろうな。
母鳥は気が抜けないんだろうな。大切なんだろうな。
割れてしまう命なんだもんな。消える命なんだもんな。そうだよな。鷹だって、いくら天才だって、割れて。崩れて。そして。
「あ、お久しぶりッス」
「あぁ」
久しぶりに会った黄瀬は少し目に隈ができていて、疲れているようだった。
「黄瀬、ちゃんと体はやすめてるのか?」
「え、ああ……」
「また夜更かしか」
「はは、バレちゃいました?」
あははと頭を掻きながら笑う黄瀬にため息をつきながら、リビングへとついて行く。
「焦げ臭くないか?」
「昨日徹夜でハロウィンケーキ作ったんス!!」
「お前な……」
再びため息を付くと、黄瀬はそんなことを気にしていないようにハロウィンの帽子をかぶり、俺の座る椅子をひく。犬みたいだ。
「わかったから落ち着け」
「はいッス!!」
黄瀬のひいた椅子にこしをかけ、切り分けられたケーキにフォークをさす。
「伊月さん、だぁいすきッス」
「………急にどうした」
えへーと、鼻のしたを伸ばしながら笑う黄瀬の頭を撫でようと腕を伸ばす。あれ、舌がしびれる。
「…………、黄瀬?」
「ねえ、伊月さん。俺、何回も卵割っちゃったんス。生まれるはずだった、黄色を何回も何回も。
伊月さん。俺、馬鹿だから、鳥と伊月さん重ねちゃうんスよ。
だって、鷹の目、なんて異名もつから。
きっとあんたも脆いんスよ。握り潰されて、落とされて、死んじゃうんス。
ねえ伊月さん。そうなる前に俺が助けますからね。
だぁいすきッスよ、」
伊月さん
「って言う夢をみたんスけど、これって実行に移せ!っていうお告げっスよね!!ね!!黒子っち!!!!」
「死ねばいいと思います。」