車は好きだ。自分だけの空間になれる。好きな音楽をかけて、流れる景色を見るのは楽しい。だけど蒸し暑かったり、渋滞だったり、クラクションを聞いたりするんは苦手。

せやけど、宛先に書かれた住所に物を届けに行けば、俺の目の前で笑顔になる。だから、運送業は遣り甲斐のある仕事やと思う。

人見知りで、口下手で、無愛想で、人付き合いが下手くそな俺だけど、俺だから楽しくやっている気がする。もちろん、感じ悪そうな人とか怖そうな人に届ける時は、内心落ち着かないけど、そんな人たちの笑顔とかも見れるから、おもろいなって思う。

配達先の住所が一覧に書かれた紙を眺める。どうやらいつもより少なめの宅配物。のんびり仕事をこなそう。それに、今日は花を届ける仕事もある。

何度か花屋の品物を届けているが、ああゆう分かりやすいもんは届け甲斐がある。あれは連鎖的に笑顔になれる。

俺を除いて。

ムスッとしたような膨れっ面は生まれつきで、その上、感情表現が苦手なのでよく誤解されがちだが、しっかり感情は生きている。もっと上手に笑えたらいいのに、といつも思う。

やっぱり、人と接する仕事だから会社の方でも口煩く、笑顔でいるように言われる。笑顔が苦手な俺がよくやってるな、と思う時もあるが、そこら辺は深く考える分だけ無駄なように感じる。

赤信号待ちでミラーに映る自分に向かって笑ってみる。一重の瞳が余計重みを増し、口端が下手に引きつっていて、気持ち悪かった。


──プァー、プァー


後ろから尖るように甲高いクラクションを鳴らされて、思わず肩が跳ねた。気付いたら青信号だった。うっさいなー、分かってるわ。

ハンドルを握りなおしてアクセルを踏み倒す。進みだした景色。花屋は左に曲がってすぐ。

ウィンカーを上げハンドルを横に切って、砂利のある駐車スペースでエンジンを止める。ここは早いとこ終わらせよ。伝票とバインダーを持って車から降りた。

お店の前には色とりどりの花が並んでいる。ただ無造作に並べられているわけではなくて、花びらの色に合わせて置かれているので、目に優しい。

ここの店員さんはいつも男の人、1人だから彼しかいないのだろう。いつも人懐っこい笑顔をして、俺と同じ関西独特のイントネーションで話して、ほんまに男かって疑うほど男らしくない人。身長もたいしてなくて、くるみ色でふわふわした髪やから、後ろ姿は下手したら女。笑顔が似合う人って、きっとこの人の事を言うんだろうなって思う。でも正直、苦手なタイプ。だから、いつも居心地が悪い。

──ずっとニコニコして、愛想振り回してる感じで、俺はどうしてええんか分からんくなる。

花に囲まれ開放的になっている入り口をくぐると、キツすぎない優しい花の香りが漂ってきた。

──ここの空間は好きだ。外は排気ガス臭くて、車内は俺のタバコとコーヒーの臭いがする。でも、ここはいつ来ても新鮮で、あるいみ女の香水みたいや。

その奥にあるレジスターの隣に、よくみる栗色の頭があった。いつもならもうとっくに笑顔で出迎えられているので、おかしいなと違和感。

いつも笑顔でいる人やから、疲れて寝ているのかもしれないと思って、なるべく音を立てずに近寄った。レジスターの隣まで来たところで、鼻をすする音が聞こえた。

──泣いてるんや…。


なんか、よう分からんが、めんどくさいと思った。自分に関係ないにせよ、目の前で泣かれていたら対処が面倒。色んな女と付き合ってきたが、やっぱり泣かれたらお手上げだった。何が正しい対処なのか、それぞれ違ったから余計だ。

気付かれないように溜め息をついて、なるべく、優しく声をかけた。このまま放っておくわけにもいかない。

だけどこの人とあんま関わりたくない。さっさとこの場から立ち去りたい。こっちは仕事しに来たんや。


「あの、すんません……」


そうしたらビクンと肩を跳ねさせ、それから両手で涙を拭い、「いらっしゃいませ」と、いつもみたいな明るい笑顔で振り向いた。

目の周りを真っ赤にさせて、時折鼻をすすっているのに、なんで笑っていられるのか分からない。そんなニコニコして、なんかモヤモヤ嫌な感じがした。


「すんません、花、ですよね」
「あぁ、はい……」


帽子のツバを掴んで顔を隠すように深く被った。笑顔で迎えられているのに、なんでやろ、この人の涙なんか見てないのに、すんごく気分悪い。


「あ、これ、お願いします」
「はい…それではここに記入お願いします……」


バインダーに伝票を挟んで胸ポケットからボールペンを抜き取りペン先を出してバインダーと差し出す。

その人は小さく会釈をしてそれを受け取る。カウンターにパタリと置いて、背中を丸めながら空欄を埋めていく。

あんまり意識した事はないが、小さい人やなと思った。手なんか荒れて、至るところが痛々しい。真っ赤な指先がやけに印象的。

普通のお客さんじゃなくて、俺みたいなのが来て良かったやないのかな、なんて柄にもなく思う自分がいて、変な気持ちになった。





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