No.1-1

柔らかい日差しを浴びる。仕入れたばかりの色とりどりの瑞々しい花が俺を笑顔にしてくれる。俺が一番好きな時間。優しい香りに包まれ、幸せな気持ちになれる。花たちは日光を目一杯取り込もうと背伸びをしているように見えてくる。

外に並べられた鉢の向きを変えてあげる。太陽の光をまんべんなく当たるように頭で花の事考えながらやる仕事は楽しい。


「ごめんください」


折り重なる葉を処理していたら柔らかい声で話し掛けられた。振り替えれば毎日ここの花を買い求めてくれる婦人がいた。


「いらっしゃいませ」


俺がそう言えば、その人は会釈をした。


「また今日も、一段と綺麗ね」
「ありがとうございます」


ふわふわとした白髪に温かく穏やかな表情を浮かべるその人は、昔から比べたら背は丸くなり、少しだけ華奢になったようにも感じる。


「いつものお花、貰えるかしら」
「はい、少し待っといて下さい」


いつもの花とは、昔亡くなった旦那さんがバラと間違えて贈ったカーネーションの事。あの人ったら、下手にロマンチストで、バラの花束や、って沢山のカーネーション抱えて、私の誕生日の夜中、わざわざ家に届けに来てくれて、あの人ったら、バラとカーネーションの見分けも知らないのに、見栄なんかはっちゃって、馬鹿よね、なんて話してくれた。

パタパタと店内に走る。カーネーションを一本手にとって、シンプルなリボンを括り付けた。


「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとう、今日も綺麗ね」


婦人はカーネーションを受け取ると、花を顔に近付け、キスをするかのように香りを楽しんだ。


「いつ嗅いでも、いい香りね」
「2つのハナが、喜んでますよ」


くだらない俺の洒落に婦人が合わせて笑う。だから、なんかちょっと恥ずかしくなって、えへへ、と照れてしまった。それから婦人はがま口財布から小銭を数枚取り出して手の平に置いてくれた。

「今日は娘が来るの、久しぶりに帰ってくるものだから、ボーイフレンドでも連れてくるのかしらね」


ふふふ、と口元を隠して笑った婦人に釣られて俺も笑う。


「そうやったとしたら、どうします?」
「まだダメよ、料理が出来ないんだから」


それから婦人はペコリと頭を下げて帰っていった。


「ありがとうございました」


ひとつ幸せを分けて貰えたみたいで、心が満たされたよいに温かくなった。

──まだダメよ、か…

あの人、あんな事言っとったけど、ほんまの所は、そんなふうに思ってへんように思えたんやけど、気のせいかなって、笑った。


「よし、今日もコーディネートやな」


ギュッと、深緑のエプロンを締めなおす。

俺は花屋を営みながらフラワーアレンジメントと言われる、いわゆる花束のスタイリストをやっている。結婚式や開店祝いだったり、退院祝いからちょっとした贈り物まで、お客様の要望があればそれに添うように花と色を合わせる。

──今日はバースデー用やったな

誰かの特別な日。それを間接的に祝える。こんな素敵な事はないだろう。花が好きな俺からしたら、なんて天職なんだろうなって思う。

女姉妹に囲まれて育った俺は、男らしさが欠けていた。幼い頃から駆けっこやサッカー、昆虫採集などの遊びが嫌いで、おままごとのお父さん役やペットのネコ役などを好んでやっていた。

もちろん、友達にサッカーなども誘われたらやっていたが、運動がめっきりダメで、いつも女の子の遊びに逃げていた。

中学に上がっても変わらず、そこは必ず何かの部活動に入らなきゃいけない学校だったので、大概の男子は運動部に行ったが、俺は無理を言って華道部に入っていた。多分、あの時花と触れ合っていなかったら今の自分はいないと思う。


「できた…!」


鼻歌交じりに作業をしていたら自然な感じで仕上がった。青色をベースとした小さな花束。ピンクのリボンであしらえば、より見栄えがよくなった。自分の作品だが見惚れてしまう。緩く巻いたようなリボンの端を指に絡ませて、いつもの宅急便の人が来るまで時間を弄んだ。

男の癖にゴツゴツしていない手、白い肌。肌を焼こうにも、ただ皮膚が赤くなって痛くなるだけで黒くならない。身長もたいして伸びなくて、食べても太らない体質。

女の子はそんな俺をいつも羨ましがる。俺はそれを言われる度に悲しくなるだけ。誰も俺の悩みを理解なんかしてくれない。

仲良くしていた男友達には、こんなことまで言われた。


──男らしくないよな、お前って──


目頭が急に熱くなった。ぼんやりと花を眺めていると、たまに感傷的になって、悲しい気分になる。アカン。今日は誰かの誕生日なのに。これから誰かを笑顔にする花の前で泣くなんて。

こうやって涙もろいところも、男らしくない要素のひとつだと思うと余計に泣けてきた。

今日は一体どうしたんだろう。いつもは、こんなこと思い出さないのに、思わないようにしていたのに。


「あの、すんません……」





←前 次→




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -