「おにーさんすわって、すわって!」
「あ……、はい」

「えへへー」
「…………」


──完全に出来上がってるやん…

二人掛けの席なので向かい合わせに座る。前が、向けん。アルコールの臭いがぷんぷん漂う。話の口調からして、面倒くさいだろうとすぐに悟った。

チラリ、盗み見たら喉仏を激しく上下させながらジョッキを傾かせていた。開いた口が塞がらない。たったビール三杯でこんな酔ったいるから大酒飲みとは言わないが、いい呑みっぷりである。


「うんま!やっぱビールはえーなぁ、うまい!すんませーん、なま、ふたつー」


昼間とは違う話術で話を進めていく。俺が心配する前に注文は済まされてしまい、柄にもなく焦る。


「えと……まだ、呑むんすか?」


俺がそう訊ねれば、ニコニコと笑いながら、目が据わっているもんだから、眉が寄る。


「やって、おにーさんきたもん!かんぱいせなー」


さっきまでうつ伏せていた顔が、今では満面の笑みが輝いている。それは本心で笑っているものか、疑ってしまうようなもので、むしろ、不安になった。

──てか、お兄さんて……


「えと…、おれ黒田、です」
「んう?…く、ろだ…?」

「…黒田 飛鳥、っす」
「あすか!おにーさん、あすかってゆーん?」


そう言えば名前を教えていなかったな、と思って教えたところ、ニコニコと、それはもう新しいオモチャを与えてもらった子供のようで、可笑しくって笑えた。


「えへへ、あすかー」
「……はい、」

「おれはー、けー」
「え、と……けぇ?」


──何言うとんのか分からん

それからポケットの中に折り畳まれたメッセージカードの文字を思い出す。

──『ほたる』やなくて『けい』なんや…

脳内補正をして、納得する。この人はいま酔っているから、別に俺の事を名前で呼んでくれたって構わなかった。だって、こんなにも笑っている人を見たのは、久々な気がしたから。

なら俺は何て呼ぼうか迷った。さっきは『野澤さん』と呼んだが、この人は俺の事を酔っていても名前で呼んでくれているし、さっき名前の読み方を教えてもらったから、どうしよう。

──せめて、くん呼びやな…


「生2つお待たせしましたー!」
「おお!ありがとおーなぁ」


ゴン、と置かれたビールが並々注がれたジョッキが2つ。その1つを蛍くんがさっそく引っ掴んでニコニコ笑った。


「ほら!あすかも!」
「……あい、」


俺の行動が遅いから、ちょっと拗ねているのだろうか。唇が尖っていて、真っ赤な頬っぺたに空気を溜め込んでいる。

初めは面倒くさそうだと思っていたが、今はほとんどそんな風に思っていない自分がいた。まだアルコールを摂っていないのに笑ってる自分がいた。今までにない、不思議な感覚だった。


「あい!せーの、かんぱぁーい!」
「……かんぱい、」


ガツン、とガラスをぶつけ合い、お互いジョッキに口づけをしたと思ったら、蛍くんはさっきから酔ってべろべろなのに、このビールも四杯目なのに、上を向きながら勢いよくビールを流し込んでいった。

──よう、呑むな……

お礼がしたいと食事を誘ってきたのは蛍くん。ここに呼んだのは俺。だから最初、あの時泣いていた理由とかを話してくれるんやろうなって思っていた。それは俺にとってはどうでもいいことなのだが、聞くだけならしてやってもいいとか思っていた。

──せやから、来たとき、ここにおって、ビックリした

お酒が苦手なのに、無理に付き合わせてしまったのかな、とか、待たせてしまったから怒ってしまうのかな、なんて具合に、俺なりにたくさん考えていたけど、このビールを美味しそうに呑んでいる様子を見ている限り、お酒は好きみたいだし、怒ってはいなさそうだから、良かった。

──だけど…、


「ぷはぁー!うまい!」


一気にジョッキ半分を空にして、ガタンとテーブルに置いて、カラカラと笑う蛍くんを見て、チビチビと正面を盗むようにして呑んでいる俺は思った。

──これ、ただの飲み会になるわ…




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