「大人っぽいなー…」


蛍くんはまだ首を傾けたまま、ジィと俺の方を飽きずに見ている。俺らの上で光々とする電気の光が瞳に弾けてキラキラとしているから、余計嫌だ。

──やから、こっち見んなや…


「まあ、大人っすから…」


そう言ってタバコを胸ポケットから取り出して一本だけ咥えた。使い捨てライターで火を着ければ、たちまち煙が生まれる。俺はしっかりそれを吸い込んで肺に送り込んだ。


「あ、タバコ…」
「ええよー、気にせんでー」


横に白い煙を吐き出したところで、タバコを吸っていいか聞くことを忘れていたことに気付いた。ペコリ、浅く頭を下げたらニコニコ笑いながら「あい、どーぞ」なんて灰皿まで渡してくれた。


「おれな、あすか年上やと思ってん」


テーブルに両肘を立てて手を組み、水槽を悠々と泳ぐ金魚を見るような眼差しを向けられていることに気付いて、ドキリとした。

どうしていいのか分からなくて、横にまた向いて、あちこちに目配せをした。

──やから、こっち見んなや…!


「若々しくないっちゅーのやなくて、大人びててー、あすか、男らしいねんなー」


んふふ、とまた空気を含んだ笑い声。熱い視線。何を言っているのか、上手く理解出来ない。反応をする、そんな余裕なんてない。調子が狂って、狂ってどうしたらええのか分からない。

お酒の席で初めての人と呑むことだってあった。だけど、今日みたいな目には遭った事はない。だから、困っている。

静かにタバコを吹かす。ジリジリと赤い炎が近づく。まともに味わえないで、ただ無駄にタバコを消費しているみたい。


「おれ、あすかがうらやましいねんでー?」


不意に右耳が、そんな音を捕える。


「んなこと、ない…」


──俺を羨ましいがる要素なんて、何にも、ない

ずうっと、この人の方が魅力的で、キラキラ輝いていて、俺なんかと違って、幸せの多い充実した日々を送っていると思う。

白い煙を吐く。


「そんなことあるー!」


バタン。大きく渇いた音。その音に驚いて、正面を向いたら両手をついて椅子から立ち上がり、ぐいっと身体を前に突き出してくる蛍くんの姿があった。

──ち、……ちかっ!

思わず首を引かせて、身を後ろに倒し蛍くんの顔から距離を取ろうとした。アルコールのキツい臭いが俺を惑わす。


「あすかはー、やさしーしぃ、かっこえぇしー…、それにー…」


俺の事を言いながらニコニコと一本ずつ指折りしている蛍くんを見つめ、顔が火照っていくのがわかる。

──なにゆーてんのや!

アルコールの所為でも、ここの熱さの所為でもなく、恥ずかしさから顔に血液が集中しているわけで、急いでタバコを咥え直した。

たいして喋ったこともないのに、俺の事を知っているかのように、嬉しく喋る蛍くんと、どうしていいのか分からない自分に腹が立って、小さく舌打ちをした。


「……やめや、」


煙を吐きながらそう言えば、蛍くんは急に黙った。そちらに見向きもせずタバコを吹かす。

──なんなんや、……

ガヤガヤと騒がしい店内。だけど、それすらも遠くで聞こえてしまうような、不思議な感覚に陥った。

チラリと横目でまた蛍くんを見れば、ダラリと頭を垂れ下げて肩をすくめ背を丸くしていた。

──なんか……、あかん…


「あすかはえーよな、おれなんか…かっこよくあらへんし…おとこらしくも、……」


蛍くんは拗ねているのか、か細い声は震えていて、泣き出しそうにも聞こえる。だから焦った。この人は何にも悪い事をしていないのに、詫びるような態度で、すっかり黙ってしまった。

──なんこれ……めんどくさ、

どうしたらいい。何をしたらいい。なんて声をかければいい?何にも分からない。だけどこのままだったら泣かしてしまいそうだった。また笑顔を奪ってしまうのでないか、と怖くなった。

──やっぱ、苦手や……この人、



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