──アカン、遅れた。

時刻を確認したら10時になろうとしていた。頭の隅にずっと居座るは、花屋の人。昼に名前と連絡先と花を貰った。

さすが花屋さん、としか思えないが、花を貰った。見覚えのある花だが名前が分からない。それに花なんか貰ったことがないからどうしていいのか戸惑った。そんな俺を見て、あの人も戸惑った。だから俺はもっと戸惑った。

花を捨てるわけにはいかないし、大事に飾るのもどうかと思って、適当にメーターの前に置いた。いずれ枯れてしまうのだろうが、花とは虚しくもそう言う運命なのだからしょうがない、と納得する。

──それよりどないしよ、

つい先ほどまで車の整備に当たっていた。明日は久しぶりに非番なので、いつもより念入りに洗車をしたり何なりしていた。だから食事を誘われた時、それだったら酒がええな、と思い、結局俺から誘ったような形になった。

──連絡しよかな…、

もう一度時刻を見た。進む時間。ポケットから2つ折りになったメッセージカードを取り出す。黒いボールペンで、やや急いでいるようにも見えるが丸っこく、見易い字で「野澤蛍」と書かれ、その下には数字の羅列。

──のざわ、……ほたる?

可愛らしい名前やなぁ、と思った。自分にも「飛鳥」という名前があるが、女でもいけるような名前だから、実はあまり好きではないし、呼ばれ慣れていない。だから、意味もなく親近感が湧いた。

──せやけど、やっぱちゃうな

──あの人は、俺みたいやなくて、なんかこう、ふわふわとした感じが似合っていて、らしい。

別にそんなことどうでもよかった事なのに、意味もなく考えて馬鹿馬鹿しく感じた。そうなると携帯に番号を打ち込むのが面倒くさくなってポケットにまたしまい込んだ。

──行くだけ…、

全身に黒を纏って歩きだした。まだ春先だが、この時間帯になると冷え込んでくるからポケットに両手を突っ込んで、ボロボロなスニーカーを引き摺る。

──どうせ、連絡なしに、1時間も経ってしまったのだから、俺に呆れて帰ってしまったに違いない。

そんなことを考える。他人の事を考える余裕なんてこれっぽっちもないはずなのに考える。

1人で呑もう。最初からそのつもりでいたんやから、ええやん。

それなのに、いつもより足取りは早く、心臓は急かすように動くしで、気持ちは焦っている。初めて行く居酒屋って事なのも分かるし、今が肌寒いからアルコールを流し込んで温まりたいのも分かる。だけど、それだけじゃ足りない自分がいた。

──また、あの人は

足りない頭の隅を占領している、あの人が過る。不愉快だ。迷惑だ。面倒くさい。お礼がしたいだなんて、笑えない冗談に付き合うなんて、俺も大概にアホ丸出しで、クスリと笑った。

店はすぐそこだった。




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