──後悔先に立たず、とはこうゆう事なんやろな。

頭上の天気とは裏腹に心中穏やかではない俺は、花を包み終わるのを待っている間、落ち着いてはいられなかった。

とは言っても、あちこち歩いて右往左往なんて面倒なことではなく、タバコを吸っては肺に煙を送ることなく吐き出していたくらい。


事の発端は全て自分にある。中途半端に声をかけて、他人なのに干渉して、気に掛けたりして、自分らしくない行動がそもそもの始まり。そのように自分を背けたのは、あっちにあったとしても、しょうがないと割り切る他がないのだ。

──アカン事になってもうた……


「すんません、お待たせしました」


ワゴン車にもたれかかって、気を落ち着かせようと見上げた空に浮かぶ千切れ雲を眺めていたら、意識を現実に引き戻すような声がして、咥えていたタバコの灰を落としそうになった。

ニコニコと、変わらない笑みが近づいてきた。左手にしていた携帯灰皿に半分残ったタバコを詰め入れて状態を起こした。


「昨日はすんません、心配かけてもうて…」


店先でペコリと俺につむじを見せてきた、この人。いま、この人は何をしているのか、さっぱり分からなかった。昨日のことをまだ引きずっているなんて、面倒くさ。てか、何もしてへんのに、こんなことされても困る。……それ、俺にも言えることやのに。


「あー、いえ…」


返事に困って首の後ろを掻いた。


「昨日お兄さんにああ言われて、嬉しかってん!」
「……そう、すか…」


昨日とは違い、いつもよりややテンションが高い気がするのは、気のせいやろうか。むしろ、俺が昨日、あんなこと言ってもうたから、変に気を遣わせてしまっているのか、と思うと、やっぱり顔はまともに見れない。


「せやから、ありがとございました!」
「………」


──ありがとう、なんて。

仕事上「ありがとう」はよく耳にする言葉だ。ただ仕事をこなしているだけで感謝されるのだ。普通はそこに遣り甲斐を感じるものなのだが、どうやら俺は大切な感情が欠落しているみたいで、「ああそうですか」と流してしまいがち。

──なんやけど…。

何故だか、その「ありがとう」だけ、妙に胸がかゆくなった。気持ち悪いわけではない。強いて言うなら、いままで感じたことない気持ちで、どうしてええのか分からない。


「で、でな…お礼したいんやけど……」
「…はぁ」


もう顔なんて見ないでくれとばかりに足元に転がる石たちを見つめていたら、その人が躊躇いがちに、恐る恐る言葉を紡いだ。

その時にどうも聞き慣れない単語を聞いたので、思わず顔を上げて聞き直してしまった。

──やっぱり自分は無愛想なのがいけないのだろう。

顔を上げた時に見た、その人は、今にも泣きだしそうな表情をして、胸の前で握られていた拳がわずかにびくついた。

──泣かせたのは…俺なんか?


「あ…、えと……」
「お礼なんて…いいっす……」


人と喋る事が得意ではない俺は、こんなに話すのが苦手やなって思った事が今までにない。もう、考える事が面倒くさくなってしまった。


「ううんっ!お礼したいんや!お願い!」


苦し紛れにワゴンの方へと視線を泳がせたら、ジャリ、と足元を鳴らして言葉の力んだ勢いで頭を下げられてしまった。

──……なんなんや、この人。

何をしているのか等々わからなくなってしまい、溜め息が漏れてしまった。


「…今夜、空いてるんやったら、…どっか、食べに行かへん…?」


どうやろう?、と顔を覗き込もうとして伺ってきたから、反射的に足元に視線を落とした。


「いいっすよ…、ほんまに……」
「俺が嫌やねん、…なぁ、あかん?」


声色があからさまに、さっきより重くなってしまった。あかん。俺が泣かせてしまう。俺が気分を害してしまった。やっぱ、この人にとって、俺は邪魔なんや。

──でも……。
──いま泣かれたら、あかん。


「………」
「…すまん、俺、お礼したいだけなんや……」

「………」
「ごめんな…、めーわく、やな……」


──違う。
──確かに迷惑だが、違う。

素直な言葉が出ないだけ、表情が鈍いだけや。ホンマはそれだけじゃないかもしれないが、とにかく違うんや。どうしてええのか分からない上に、泣きだしそうな顔をして、俯かせてしまった。


──俺がこの人に何が出来るってゆうんや…

面倒くさがりな足りない頭を動かせる。

──また、この人の涙を見てまう

俺は自分で笑うことも出来なければ、人から笑顔を奪ってしまうのだろうか。泣かせに来たわけやないのに、上手く行かないもどかしさに全て投げ出したくなる。



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