──自分は本当に極度のめんどくさりやと思う。

周りで何か楽しそうな事をしていても、あくまで傍観者の立場でいたいと思う。誘われたら断るのが面倒くさい。強請られたら我慢させるのが面倒くさい。泣かれたらその後が面倒くさい。何もかもが面倒くさい。こうやって考えることも。

だから極力、何にも関わらないようにして、楽な方へ、楽な方へと流れてきた。

──なのに、なんでこうなった?


多分、あの時の俺は、泣かれるのが嫌だったんやと思う。過去の糸を辿れば分かる事だと分かったから思い出すのを止めた。面倒くさいから。

だとしても、あれは不可抗力だった。自分の目の前で見ず知らずの人が泣いていて、何もせずにいられない立場に追い込まれた。

──あれはきっと悪魔の罠や…。

──面倒くさがりで、日頃から愛想のない俺への罰や。

見事まんまと罠に掛かった俺は困る。慣れない状況で焦る。どうしていいのかと足りない頭を動かしてみるも何もない。

──口から出任せで言った結果が、これや。


車を砂利の駐車場に停めて、花屋の中に入っていった。仕事で来ているわけではないから勿論手ぶらなのだが、どうも落ち着かない。

うっすらと手の平が汗ばみ、気持ち悪いのでズボンの上から太ももを撫でるようにして汗をなんとかしようとした。慣れない事はするものじゃない。

店内を慎重に歩く。息を潜めて、抜き足、さし足。一歩ずつ進めていれば、あの人の笑い声が聞こえた。内心、ビクリと反応。

──ちゃんと笑ってるやん…。

それなら良かったと、柄にもなくホッとして帰ろうとする。静かに踵を返してワゴンに戻ろうとしていた。

その時、爪先が鉢に当たってしまったのだ。ガツンと店内に渇いた音が響く。

──アカン。


「いらっしゃいませー!すんません、いま手が混んでて…少々お待ちになっ……て、」


今の音に反応し、笑顔で花を束ねていたその人がこちらにひょっこりと顔を出して、目が合って、息が、止まった。

レジのカウンターで花を待っている客が不思議そうに俺を見た。

──バリバリ仕事中やん……。

配達を終わらせ、次の荷物までの時間を持て余したので花屋に寄ってみたのが間違い。

──おれは、何しに来た?
──なんでやろ、わからん。
──笑顔、見にきたんやないんか?

それなら、案外すんなり見れてしまったので、なんか拍子抜けした。ニコニコしていた、はず。直線的には見ていないが。俺を見た途端に笑顔じゃなくて、ポカンと間抜けな顔になってしまった。

──そりゃあ、そうだろう。何にも仕事ないのに立ち寄ったんやから。この人は仕事中。だから、俺はここにおったら邪魔だ。

被っていた帽子のツバを掴んで、顔を隠した。今、どんな表情をしてええのかさっぱり分からへん。なんか、今までの自分がアホらしく思えた。

俺がどうこうするものでもなく、この人は今日も笑っていて、俺は、無駄に心配しとって、ただのお節介。昨日あんなこと言っておいて、また今日も来た。あの人からすればいい迷惑やった。


「すんません…、失礼しました」


ペコリと頭をさげて、足早に花屋から出る。

──アカン…恥ずかしい……

なにが笑顔を見れたらモヤモヤが無くなるとか思っとったんやろう。アホらしい。むしろモヤモヤではなく、なんや、分けわかんない感じや。


「あっ、待って!お兄さん!待って!」


ワゴン車のドアを開けようとしていたらお店からその人が駆けて来た。

──待てって、俺を待たせてどうする気なんや。

そんなことを思いながらも、開きかけていたドアを勢いよく閉めた。その人は少しだけ息を切らして俺を見つめていた。


「あの…!」
「……はい、」


顔が、まともに見れない。この人がどんな顔をしているのか気になったが、自分がどんな顔をすればいいのか全くわからないから、俯いたまま。

──もう、何で引き止めたんや…、はよう仕事戻れや

内心穏やかではない。それでも表向きには平然を装った。そうでもしないと格好がつかないからだ。


「あの、今日て、何か仕事ありましたっけ?」


その人は少し早口で聞いてきた。
一瞬、何を言っているのか分からなかったがすぐに、俺が宅配便の仕事をしているから何か運ぶものがあったのではないか、という心配をした。まあ、そうやろね。


「いえ……、ありませんが…」


また帽子を執拗に深く被った。


「そか!良かったぁー、おれ仕事忘れとったのかと思ったわー」


そうしたらすぐにそう笑って胸を撫で下ろす仕草をした。俺はもうどうしていいのか分からなくて、頭を上げられないでいる。


「えっと…、もうちょっとしたら今の終わるから、ちょっと待っといてもらえんかな?」


俺は首を横に振る理由を探した。時間は、ある。だから困るんだ。もし待ったら、上っ面だけの平常心が無くなってしまいそうで。

だけど、だからこそ馬鹿馬鹿しく思えた。

──なに考えてんのやろ…。
──そうやって沢山考えて
──結果なんもなかったやん…。

アホらし。
考えることすら面倒くさくなって、重力に逆らうことなく頭を落とした。


「ほんま、ちょっとやから!待っててな!」


パタパタと駆けていく足音が遠退く。ジリジリとこんな惨めな俺を笑うみたいに太陽が照らすものだから、ため息を吐けずにはいられなかった。




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