「ありがとうございました」


カーネーションを抱く婦人の後ろ姿に一礼した後、溜め息を吐けずにいられなかった。

婦人となにを話しとったのか頭に入っていないし、俺はどうやって受け答えしていたのか分からない。ちょっとだけ、笑ったことは覚えてるけど、何で笑ったのか思い出せないのだ。そうだ、確か娘さん、彼氏と別れたって言っとったな。

──アカン。
──何やっとるんや、自分。

あれからずっと、胸に嫌な感じの違和感があって、集中力がない。話を聞いていないし、嘘を吐いた。商売人として、それ以前に社会人として、人として、最低な事をしたと思う。

じわり、と世界が滲む。


「…泣いたらアカン」


ギュッと目を閉じて、切り替える。

もう何もかもが嫌になる。そんなんじゃアカン。笑わんと。これくらいしか出来ひんのやから。かぶりを左右に振って邪念を追い払おうとした。


──笑っとった方がええと思います──


その言葉が頭をよぎる。

──商売人がグズグズ泣いていたら、お客さんがいなくなってしまう。あの婦人だって、来なくなってしまう。お兄さんにも会えなくなってしまう。

──そんなのイヤや

マイナスな思考を振り払うようにまた首を振ったら、ちょっと胸が楽になった。やっぱり笑っていた方がええ。あのままじゃ、イヤや。


「さっきはあんなん言うてすまんなぁ、ほんまはそんなうちゃうねんで?」


俺は膝を抱えるようにして花と正面から向き合い、笑顔で花びらを突いた。先ほど与えた水が、その衝撃で下に落ちる。それでも太陽に向かって花を満開に咲かしていた。

──この花やって、頑張ってるんや。
──俺も負けてられへん。


「よしっ、俺も頑張ろ!」


うんと伸びをすれば、気持ちが空っぽになったようで、俄然やる気に満ちた。

よしっ、とエプロンの腰紐を縛りなおしていると後ろから車のモーター音が聞こえてきた。

お店自体が目立つところにないので、目の前の道路は車通りが極端に少ない。だから自然に視線が音のする方へ行く。

一台の見慣れたワゴン車。


──あ。
──お兄さんと同じクロネコや。


ワゴン車はお店の前を走り去る。きっとお兄さんも今ごろお仕事頑張っているんだろうな、と思うと自分も負けてられない、と闘争心が湧いた。


「あの、」


それから店内に入ろうとした俺に誰かが声をかけられた。内心、お客さんが来た!と気持ちが高まる。


「いらっしゃいませ!」


色とりどりに咲いた花に囲まれ、ジョウロを手に振り返った俺は、久しぶりに笑えた気がした。




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