「目、腫れとる……」


昨日励ましてくれたお礼がしたくて今日を迎えたのだが、仕事場に来て今日は宅配便にお世話になるような仕事がない事に気が付いて、少しガッカリした。まあ、しゃあないよな。

お礼がしたいってだけで呼ぶのは時間を割いてまで来てもらう事は申し訳ないと思いつつ、みっともない姿を見せて心配もかけさせてしまったから今はもう大丈夫だと早く伝えたい気持ちが複雑に入り交じって頭痛がする。

しかも、そのお礼は一言だけじゃなくて食事に誘おうという魂胆が潜んでいる。友達になりたい、という俺の下心があって。

──そういえば、

エプロンを頭から被った時に思った。

──食事断られたらどないしよ…

まだ誘ってもいないのに急に不安になった。そんなこと、これっぽっちも考えていなかった。だからこそ焦った。幸い、今日は会えない。でも、だから胸騒ぎ。

時間の限り、目は氷で冷やす事にした。袋に水と一緒に放り込んだだけのものだが、冷たすぎて痛い。体温でわずかに氷がとけて、汗をかいた袋から水滴がしたたる。

頬を伝い、顎に垂れた。

──あかん。
──今日は泣かないって決めたんや。

目蓋の上で氷が溶ける。

──でも、

目の周りの皮膚が冷たさに耐え切れずヒリヒリ痛みだした。

──ほんまに、断られたら、どないしよ。

息をしたら氷が冷水と共に揺れる。

──しつこく付きまとったら嫌われるに決まってる。ただの顔見知り程度なのに、いきなり食事を誘われたら迷惑だ、でも、じゃあ、どうしたらええんやろ。

腕が疲れたので冷やすのをやめた。目の周りは湿っていて、まぶたがふやけているみたい。涙を拭うようにして、水滴を拭き取った。

──そん時は、いさぎよく諦める?

お礼は口頭で。何も飾らないで、気持ちを伝えればいい。

──…ううん、イヤや。
──だって、仲良くなりたい。
──友達に、なりたいもん…


「はぁ……アカンあかん、仕事に集中せんと……」


仕事に私情を挟むのは良くない。パチパチと頬を思い切り叩いて、気持ちを切り替える。俯いた気持ちが色づく。大きく息を吸い込んで肺に送る。柔らかなフレグランス。目を閉じたら沢山の花が思い浮かんだ。

──よし、大丈夫、今日も絶好調

それから店先に出て植木鉢に水を与えた。日射しも良くて、ジョウロの先から小さな虹が現れた。ちょっとハッピー。

幸せで胸が満ちていく。


「こんにちは」
「あっ!いらっしゃいませ」


聞き慣れた声に振り向けば、優しい笑みの婦人がいた。返すように小さく会釈して並んだ花を見ている。


「ここのお花はほんと、いつみても綺麗ね」


俺の隣まで来て、少しだけ屈んで花を見つめている。笑顔の横顔を見れて俺も自然とほころぶ。一から人の手によって作られ、勝手に切られた花だが、散らずにいるのは凄いと思う。騙し騙しで生かされていながらも、ここに限らず売られている花はどれも綺麗。


「お花屋さん、目の周り、赤いですけど…大丈夫ですか?」
「えっ」


そう婦人に言われて、ドキッとした。心配そうに見つめられる。大きくて綺麗に煌めく眼球に俺が映り、すべてを見透かされているように思えた。あかん、ばれたら、あかん。

咄嗟に手のひらで目を覆った。それでも指の隙間から婦人が伺っているのが分かる。

──言えない。

──昨日の夜、散々に泣きました、なんて言えない…。

覆った視界の中であちこちに目配せをして、いろいろと思考を働かせた。なんとかして切り抜けないと。

チラリ。
その暗い視界の中で、一際目立つ色があった。

──花、


「あははっ、実はこれ、さっき花粉ついたてで目擦ってしもて…、」


笑いを孕めながらそこまで言うと、婦人は上品に笑った。


「お花屋さんなのに、花粉がダメなのね」
「普段は気ィつけてるんですよ?」


苦し紛れに、なんとかなった。
ホッと胸を撫で下ろせば、突然苦しくなった。それもそのはず。なんの罪もない花の所為にしてしまったのだから。なんて性格が悪いんだろうか。

何度口の中でごめんなさいを言っても、許されない気がして、胸が狭くなった感じで、苦しい。それに、婦人にも嘘を言ってしまった。

──ああ、なんて自分は最低なんだろう。だから、友達がいないんや。

そこまで考えて、視界が歪んだ。

──あかん…、潤んできた。
──泣いたらアカン。
──耐えろ、耐えろ……。

ばれないように拳を握り締めて、行き場のない遣る瀬ない感情を殺そうとした。きっと今の俺の顔は、醜いんやろうな。


「せや、昨日娘さんどうでした?」


もう笑うのが無理やりの精一杯やった。




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