13月のワルツ



酷い濃霧に包まれた。持っていたランプが三歩先までしか照らせないほどの霧だ。時間的に丑三つ時だからだろうか、身体にまとわりつく空気は冷ややかで思わず肩をすくめた。砂を噛む車輪が後ろから近づいている音がする。振り返っても霧だった。まだ続く車輪の音。確かに大きくなっている。車輪のある正確な位置を知りたくて耳を澄ませたら、いろんな方向から聞こえているような気になった。はっとして聞こえたであろう方向を次々に向く。自分の足元の音と車輪の音が被る。車輪はもう近くにある。後ろに振り向いた瞬間に車輪は止まった。爪先に砂利が二、三当たった。ランプを前に向けたら皺枯れた老婆の顔が浮かんだ。驚いて身体を後ろに退く。そうしたら老婆が車椅子に乗っていることがわかった。

「村へ行きたいのです」

水分のない声色でやけに脳へ響いた。ここら辺にある村と言えば先ほどまで自分がいた農村だった。自分がいま何処を向いているのかわからなかったので「このまま真っ直ぐ行った所にあります」と出鱈目を言った。老婆は頭を下げただけでその場を去った。

私は老婆が来たであろう道を歩いてみた。進むたび闇に飲み込まれていく感じで薄気味悪かった。時折聞こえてくる野犬の遠吠えにびくりと身体を震わせながらも歩みを止めることはなかった。

暫く歩くと風化して元の色と文字が読み取れない看板があった。目を凝らせば自分が出てきた農村の看板であった。可笑しいな、出ていった時にはこんなんじゃなかったはずなのに。ふと先程の老婆を思い出した。

「あの人は……」

耳を澄ませたら今にも砂を噛む音が聞こえてきそうな夜であった。




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