存在理由→証明
ほどけた靴ひもに苛つきながらも決して結び直そうとは思わなかった。歩くたびに自分で靴ひもを踏みつけて突っ掛かっているのだが誰もこんな自分を見ているわけもなく。けれどもしゃがんで結び直すのも嫌なわけで。
自分の影を探しては見失い無くしては泣いて諦めたら情けなくてまた影を探す。永遠と続く存在理由探しに飽き飽きしているわけで。でもそうしていないといけないわけで。だから靴ひもを結び直さないわけで。
雨が体を貫いていく事実に目を逸らすのも疲れてきていた。限界だった。そこまでして生きる意味を探さなくていいと思う。というか真実を受け入れよう。きっと自分は死んだ。
肩がぶつかったが痛みなんてない。厳密に言えば「ぶつかった」と言うより「通り抜けていった」のほうが正しい。誰も気にしないだろうけど。改めて自分は死んだと分かった。もう影を探すなんてやめた。
「ねえ、僕の影を知らない?」
小さな男の子。体が透けて後ろの景色がぼやけて見える。影なんてないよ。影踏みごっこはもうお終いだ。いい子はかえろうね。
「ないんだよ、影なんて」
「…じゃあ、ない事を証明しようよ」
酷く冷たい雨を浴びて可哀相な男の子。馬鹿だなあ。ないを証明するなんて。死んだ人間が生き返るくらい難しいんだよ。ああ、死んだ人間は生き返れないからこの例えは例えとして不成立だ。そう、これが証明。
「…………」
それでも返す言葉は無くて思考回路は熱暴走して火花を散らせそうになった。男の子は可哀相な事に現実を知っているようだけど自分にはないものを確かに持っていた気がした。
「あっ、靴ひも……」
男の子は足元にしゃがみこんで自分の靴ひもを結び始めた。自分は何もせず雨に打たれながら男の子をじっと見ていた。
「よし、これで探しにいけるね」
男の子は自分の手を差し出す仕草をした。自分と男の子の体は透けているのでその手を握り返す事など出来ない。可哀相な男の子も知っているはずだった。
「仕方ないな」
降りしきる雨の中であるはずもない影を探す建前で、可哀相な男の子の子守りも建前で。ただ単純にこの男の子と一緒にいたら違う存在理由があるのではないかと、くだらないかもしれないが、まだ成仏したくないのである。