睡魔のいない夜



くあっ、と欠伸をしたら涙が目尻を光らせる。流れることなく開いた瞳にのびていった。両目が潤むのを自覚した。


「だらしないな」
「るっせー」


最近、禁煙を始めたので口寂しくて仕方ない。食事は美味しく感じられるようになったが、口が寂しいから過食には走りたくないものだ。だから、その欲求を睡眠に費やしてきていた。


「来るなら連絡くらいしろよ」
「久しぶりに逢えたんだよ?」


もう少し喜んでくれよ

頬を撫でられた。心臓が大きく収縮した。それは彼にばれたらしく呆気なく唇が奪われた。


「あれ、煙草やめた?」
「禁煙してるだけ、でもやめたい」


男は間抜けな声を出しながらビール缶を勢いよく開けた。これでもう三本目だった。酔いが程よく回った頃だと察する。


「なんか病気あったのか?」
「ないけど、…まぁ心境の変化だ」


なあ、それよりもう一回しよう、とビール缶を掴む手に、そっと手を添えた。温かい手だ。指を絡めようとしたらゆっくりと顔だけ此方に向けられる。


「口寂しいのか」
「そうゆうもんなの…」


缶はテーブルに置かれて肩へ伸びた。近付いた顔からは異様なアルコールに戸惑った。構わず顔は近くなりついには塞がれた。

生暖かく薄っぺらな唇は苦く、余計に欲した。馬鹿だな、口寂しいだけでキスするか普通、あれ、俺っていつから乙女に転生したんだよ、気持ち悪い。


「にげぇ、にげぇ…っ」
「味わえってば、ほら」


鼻に痛いアルコールが苦くて離したら次は強引に塞がれた。掃除されていない汚い部屋でアルコール臭い男にベロちゅーって何の罰ゲームだろうか。でも確かに彼はいつ仕事から帰ってくるかわからない。わざわざ出稼ぎに行っているのでたまにしか会えない。今日だって二週間ぶり。だからやっぱり味わうべきだった。


「ンん、やっぱ、むり…ぃ」
「うるせぇな、煙草よりマシだろうが」


下唇を貪られている。唾液の所為で厭らしい音が出る。刺のある言葉だった。煙草を嫌っていて両親よりも俺に煙草をやめるようにしつこく言っていた。キスが嫌だとは言わなかったが切ない味しかしないとか言ってよく俺を押し倒していた。


「ン…っ、にげぇ…ンぅ、たりねぇ」
「ははっ、やろーおかすぞぉ」


半笑いで押し倒されソファに身体を沈めた。望むところだと足を絡めてやる。キスに集中し始めたら急に止められた。目を開けたら申し訳なさそうに眉が下がっている。


「あのさ、煙草…俺が口煩く言ってたからだろ、やめたの…ごめんな、色々辛いんだろ?俺が近くにいないとか、口寂しいとか…」


髪を撫でられた。ゴツゴツして男の手だ。何だよ急に優しくしやがって。照れるのを隠しながら俺は撫でている手を包んで頬へと導く。


「ばーか、心境の変化だっつーの。お前だって煙草嫌いな癖して俺とキスすんの辛かったんだろ。だから次は俺の番ってわけ、俺は大丈夫だし」


そう言って笑えば額に唇を落とされた。慣れない場所のキスに歯痒さを感じわざと嫌な態度をとった。


「んだよ、まだ苦いってか!」
「いやいや、お前がにげぇとか言うから」


言っている事が矛盾している。冷たく睨んでやると舌を出して笑ってきた。無性に腹が立ち噛み切ってやろうと顔を近付けた。


「な、なんだよ」
「なぁ、今の俺はどんな味?」


男は怪しく笑った。喉の奥で笑い声も聞こえてきた。答えを言わない男に痺れを切らして首元に顔を埋める。


「次はちゃんと味わうから、お前こそ俺を味わえよ」


睡魔のいない夜だった。



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