そこには何もない
肩口に唇を添えたら小さく体が震えた。粟立つ肌に舌を這わせれば鼻から抜けるような甘い声が漏れてきた。本人は手の甲で口元を抑えつけているが何の意味をなしていない。
「なに、一丁前に感じてんの?」
ふるふるとミルクティー色の頭が横に振られる。視線を落とせば下半身が少しだけ反応していて「嘘吐き」と息を吹きながらわざと耳元で話す。天を仰ぎながら女のような声で喘ぐ姿を愛おしく眺め耳から首へと舌でなぞった。
「あ、あ、あ、やめっ」
肩を掴み自分から突き放そうとしているが力は弱く意味を成していない。直ぐに浮かんできた静脈。温かい血液が心臓が動くのに合わせてトクトクと優しく脈打つのを舌で感じた。
身を捩り快楽から逃げようとする男の名前を呼んだ。バチリと目が合い笑みを返す。水分の多い瞳は恐怖しか映していないようで下半身が疼いた。下から上へと舌を這わせれば息を切らしながら渇いた声で喘いだ。
「お前、ズルいな」
「もっと、ふつーに、して…っ」
湿った唇から出る言葉はどれも色っぽい。微かに震えている唇も愛おしい程欲しいが今はそれ以上を求めている。キューティクルが生きている髪を指でとかすと指の隙間から抜けていく。「わりぃわりぃ」と思ってもない言葉を呟き首筋に噛み付いた。
「あ゙あ゙あああああああああああ」
犬歯とは言えないが鋭い歯は皮膚を破き血管を貫いた。つんざく悲鳴は相変わらず痛々しくいい気分とは世辞でも言えない。
大きな双眼からボロボロと落ちる滴に紅潮する頬で何となく安心した気持ちになる。咥内に流れ込む血液は喉を潤した。久しぶりの感覚に脳まで酔う。
無意識に荒くなっていく呼吸に合わせて強く吸う。溢れる血液を零さないよう味わえば酷く歪んだ顔が少しだけ和らいだ気がする。
「あ゙あァ…ぁあ、も…ゔぁ」
「ん…相変わらずヒデェ声だな」
首から離れ小さく開いた二つの穴に吸い付きしきりに舐めた。悲痛に泣く男は次第に甘い声に戻った。
「あぁあ…しぬ、しぬ…ぅっ」
「死なせてたまるか、っての」
下から上へ。血が混じった唾液が伸びる。トクトクと生きている証が動いた。少し冷えた指先を首へと当てさせる。
「は…、っ…」
「な、生きてる、そうだろ」
涙痕に触れる。指先に付いた滴を唇に塗った。熱い吐息が吐き出される。虚ろな瞳はぼやけている自分を映していた。
「いきた、ここち、しない…」
「興味ない、そうゆうの」
少しだけ見開かれた双眼は顔に似合わず笑ったら今度こそ突き放された。何となく癪に触ったので強引に抱き寄せた。暴れる事も拒む事もなく大人しく腕に収まったので思わず力を込めた。
「ん、はなせ…いたい、ばか」
軋み始めた身体に声が震えていた。何かの衝動に駆られる。下半身の違和感が暴走しているからだろうか。濡れた睫毛が長く見えて美しいと本気で思った。
「いやだね」
首筋に浮かぶ血痕が残酷過ぎたと笑う。男は嫌そうな嬉しそうないまいち読み取りにくい顔をした。新たに涙痕が出来ていたので痛々しい気持ちがまた自分を苦しめた。