「この卵に命はないんだって」

立ち入り禁止の屋上で弁当を食べている時に隣で卵焼きを箸で突きながらソイツは言った。

卵焼きとして形は整っていて、鮮やかな黄色と白が幾重にもなって、表面に程よく焼き目がついていて甘い卵焼きな気がした。容赦なく箸が突き刺さっていくのを黙って見ている。

「俺が幼稚園の時、卵から孵るヒヨコをみて冷蔵庫にあった卵を親鳥みたいに温めた事があってさ、そしたら俺温めているうちに気が付いたら寝ててさ、卵は自分の下敷きになってて、潰れてたんだよ」

思い立ったように穴だらけの卵焼きを箸で持ち上げてソイツは続けた。

「母さんに泣きながらその事言ったら、慰めのつもりかよくわからないけど言われたんだよね」

この卵に命はないんだ、って

明後日の方を向いてソイツは悲しげな表情をした。空には雲が薄らと覆っていた。鞄の中に折り畳み傘入ってたっけ。

ソイツは卵焼きを戻し、箸を弁当箱に置くと立ち上がった。俺は何も言わずに目線でソイツを追った。

「ごめんな、屋上で食べようって誘って」

俺はかぶりを振る。ソイツは満足そうに笑うと屋上のフェンスを軽々と越えた。嫌な風が吹く。雨はもうすぐそばまで来ていた。

「俺の事、忘れんなよ」

ソイツは確かに俺に向かって笑った。目を離せずにはいられない俺をいいことに、俺に笑顔を向けたまま落ちていった。


ポツリ
雨が頬に垂れる。

俺は穴だらけの卵焼きを口に放った。


味なんてまるでなかった。



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