羨ましい
「僕はずっと見ていたのに」
何も映さない二つの黒眼が向けられている。澱みかかった黒は光を反射せずに吸収しているように思えた。ゆっくりと近づいてくるものだから、視線はあえて逸らさず、でも後退りはした。
「なんだよ急に、気持ち悪い」
「そっちこそ…」
両手が伸びたと思えば肩を捕まれ逃げる術もなく、壁に背中を強く押しあてられた。鈍い衝撃に息が詰まる。
「僕は小さい時からずっと君の隣にいたじゃないか。なのに、なに?あの女。たった半年一緒にいた位で、僕の居場所奪いやがって、なんだよ…意味わかんない、嬉しそうな顔して、僕に見せてくれなかった顔をして、それを、なんで、なんであんな女に向けるの?…もう、僕、ほんと、」
黒眼は次第に水気を取り戻した。薄らと水面が広がり、自分が酷く歪んで映る。あぁ、こいつは本当に俺しか見ていなかったんだと思った。
腕に籠められた力が徐々に落ちていく。ゆっくりと瞼を閉じると静かに涙が目尻から見えていた。揺れる長い睫毛に染み込む。こいつには適わないと心底思った。
「僕、その子の両眼が羨ましくて…見たことのない顔を知っている両眼が羨ましくて…、それで、それで、ぼく、とっちゃったんだ」
少しだけ赤い頬が濡れる。腕は簡単に上げられて、頬へと伸ばした。親指で撫でれば涙は横に伸びて消える。
「お前の言っている女は俺の彼女だ。告白されて付き合っているようなものだけど…それなりに楽しかったな。…でも俺な、彼女なんて、ほんと、どうでもいいんだ。…眼。眼だよ。お前の取った眼が好きだったんだ。大きくて艶やかでみずみずしい、眼が好きだったんだ。でも、お前が取っちまったから俺、別れるよ。それより、俺は、」
眼が開かれた。相変わらず俺は歪んで映る。眼は逸らさず、焦点を合わせたまま笑い、そいつの利き手の方の腕に指を滑らせた。
自分の肩まで手を這わせ、手の甲を覆い被せて肩から離す。そして自分の渇いた口元へ導く。少し剥けた皮に細長い指が擦り、背筋が奮い立つような感じが伝わった。
「あ、あ、あぁ…っ」
目の前にいる男は小さく首を横に振る。俺は構わずに口を僅かに開けて人差し指を唇で挟んだ。細かく指が震えている。喉仏を上下させ生唾を飲み込む。舌先を挟んでいる指に這わせる。
「ぁ…い、やぁ…っ」
この指が、この指で彼女の眼玉を取ったんだ。本当は自分でしたかったのに、あぁ、残念だ。アイツの眼玉に触れた指ってだけで興奮してきた。間接的なのが残念だ。
俺は、この指が羨ましい。
「あ、あっ、や、め…っ」
力を加えて奥に指を押し込んだ。爪が前歯に当たった音が脳まで響いた。指を舐められた事に感じて真っ赤にしていた顔が一瞬で青ざめる。
別にこれはこれで悪くない。