倖せ
「あんた俺とセックスしたところで子共産めないんだからさ」
彼はそう言い残してどこかへ行った。涙で滲む視界。込み上げてくる感情。心がのどこかにぽっかりと穴があいてしまったみたいだ。呼吸を繰り返しても上手に取り込めていないみたいで肺が縮み胸が苦しくなる。
「好きで、こんなんじゃ、ないよ…」
両手で顔を被うと目頭が熱くなった。尖るような痛みが鼻の奥を刺激する。たまらず溢れてくる涙が指の隙間から流れていく。
落ちた滴が赤くて瞬きを繰り返す。血だ。血だ。涙で薄まった血。反射的に身を退いた。
「あれ、なんで手真っ赤なの…」
目の前に広がる血溜まりの中心に倒れている彼を見つけた。血溜まりに写る自分には赤黒い血痕が斑点的についていた。足元に落ちている鋭く光る銀色にも同様に、けれども先端には色濃くついている。
「……………」
かつて愛した男の無惨な脱け殻。唾を吐き出してうなじを踏み付けてみた。前のめりになって力をこめるとゴキリと鈍い音がした。
「子供なんて…」
幸せはヒトそれぞれでしょ、神さま。