万有引力
「ほら、地球に万有引力があるだろ?それって普通に生きててたいした感じられないもんだけど、重要な役割を果たしてんだろ?バンドの中でいうベースって、そんなもんだよ」
彼が急にバンドを組んだと言ってきた。もともと音楽が好きだった彼なので、やや興奮気味に私に伝えてくれた。彼はあんまり音楽がわからない私に、自分の担当するベースという楽器について彼なりの解釈で教えてくれた。
つまり、ベースは地味なようで実はとっても重要で、分かる人には分かる、ちょっと特別なパートだということ。
「へえ、かっこいいねベース」
「だろぉ?そうなんだよ、かっこいいんだよ」
それまではギターを弾いていた彼だが、バンドに誘ってくれたボーカルの友人にギターを任せ、自分は弾いたこともないベースをやるらしい。
彼はギターに未練がややあるらしいが、バンドでベースという楽器を担当することが相当うれしいみたいで、さっきからスマートフォンでこれから相棒となるベースの品定めをしている。
私は隣でそんな彼を横目にギターとベースの画像を見比べ、なにがどう違うのか、まるで間違え探しみたいにして楽器を見ている。
「やっぱライブとかやる?」
私は左腕を彼の右腕に押しつけて聞いてみた。身長差が20センチ近くもあるから視線を合わせるのも大変なのだが、距離をあけて見つめあうよりかは、見つめあえなくても近くに彼を感じれたらいい、と思う。
「あたり前だろ、そん時には最前列のチケット取ってやるよ」
彼はずいぶん誇らしげに、さも芸能人の仲間入りしたみたいな口振りで私に笑いかけた。
「やった、楽しみにしてる」
私はあなたの隣で、低音の心地よい鼓動をきいて、おなじ風に吹かれて、おなじ時を生きているだけで満ち足りる。ベースの万有引力があってもなくても、私たちは変わらずにいれればいいの。
万有引力なんて彼も私もたいして理論なんかよくわかんないけど、それが一番胸にストンと落ちるいい表現。
私たちの持つ目に見えないエネルギー同士が惹かれ合うみたいに、地球を蹴っても宇宙へ跳ばないみたいに。
だけどそれだとちょっと寂しいから、まずはウォークマンでも買ってあなたの好きな音楽を好きになるね。
もっと惹かれ合わせて、万有引力さん。