melt
蜃気楼に溶ける、僕の影。
あれは、八月の、暑い日。
呼吸だけで肺が焦げそうで、摂取した水分は身体を巡る前に大気に奪われ、とにかく散々だった。
遠くはないが、懐かしい記憶。
伸びた影はアスファルトに焼き付いて、僕をしっかり捕えて、死に目をみた。
なにも言わない僕に、彼女は焼けた素肌にボウッ、と滲む鎖骨下の赤を見せまいと気を遣わせながら優しく、笑って、なんでもないといった具合で話し掛けてくれた。たったそれだけが、やけに鮮明に覚えており、なんとなく吐き気がする。
だから僕もあえてそれには触れず、あくまで自分が被害者面をして、彼女の優しさに抱かれた。
情けない。
すべてを飲み込んだ入道雲は、僕の頭上では泣かなかった。
生き急ぐ僕に、彼女は笑う。
なにも語らず、否定も肯定もせず、ただ無条件にうなずく。それが何よりも簡単なのを彼女は分かっていたのかもしれない。
八月の、晴れ。
蜃気楼は幻想の彼方。
空の下でせめぎあうのは終わりにしよう。