冬の黒
「恋愛って、むつかしいね…」
私は友人がココアの湯気に隠したため息に、見てみぬふりをしていたが、友人はまるで手元に台本があるみたいに、図らずも定められたシナリオを疑う程に、ポツリと厄介な台詞を吐いた。
ほんの一瞬で、頭を切り替える。
「なに、どうしたのさ急に」
「いや…あのね」
私が問えば、しどろもどろ歯切れの悪い、ちょっとした友人が主人公の物語が語られる。別に聞くだけただ。きっと、話を聞いてほしいだけ。身近な私にだけ、話せるもの。アドバイスは上辺だけ。少ししたら現状報告。
私は恋愛話は得意ではない。
ただ、友人が好きなのだ。
自身が対象じゃなくとも、だ。
「あー、そうね…むつかしいねー」
「そうなの、もうヤになっちゃうよね…」
友人は言うなれば片想い中。私にそうゆう類の話や相談をする割りには片想いの相手の特徴や名前すら言わない。別に構わない。私は興味がないから。そこまで信頼されていないから。別にどうだっていい。
「恋愛って、なんだろうね」
友人が問う。私は、あー、とつぶやきながら天を仰ぐ。考えるふりをして、実はなにも考えていない。だって、恋愛なんかに興味がないし、どうだっていいし、そんなのきっと答えなんか分からない。
友人は「私の」問いを求めた。
「…わたしは、単純だけど、好きって思える人が出来たら、恋愛してることになると想うんだよね」
友人は、さっぱり意味が分からないといった仕草をハッキリした。私にだって分かんないよ。だから、私も困った。だけど話を続けた。
「だから、その…なんだろ…、」
なんとか言葉を紡ぐ。
友人は私の話に身構えていた。
「…恋人になることが正解、ってわけじゃないじゃん、恋愛って。 付き合っていくうちに、心変わりとかあったりもするだろうし…まあ、それは長いスパンで見た話なんだけど……そうだなぁ…」
また私は困った。まったく話がまとまらないからだ。きっとこのままグダグダ話しても答えなんか導きだせず、結論もでないままなんだろうと悟った。それがいいと思った。
「ようは…、幸せに感じれたらいいんじゃないの? 片想いしてたって、つらい時もあるだろうけど、幸せに感じれる瞬間だってあるわけじゃん、だからさ、幸せに感じれたらいいんだよ そうなるには、それなりの覚悟とか、辛さとか代償みたいな感じであるんじゃないの」
言い切った瞬間に、自分のツラツラ並べた御託を意図して忘れた。偉そうなこと言えないのに、たいして恋愛なんかしていないのに、いってしまったのだ、無責任にも。しかし、これは「私の」答えであるから、なんだって良かったのだ。大切なのはメッセージではなく、パッケージなのだ。
友人は、唇をとがらせる。太いマーカーで「わからない」と顔に書いてあるようだった。そんな顔をされたって、私が困る。
きっと、友人の中にも「恋愛」についての答えがあったに違いなかった。それが「私の」答えに一致していなかったのだろう。だから、そんな顔をしているのだろう。わからないが、どうでもいい。私は恋愛の話をする友人が、あまり得意ではないのだから。
「なんか…むつかしいね」
「うん、わたしも分かんないよ」
恋愛も、あなたも、なにもかも。
「んー…でも、もうちょっと頑張ってみるよ、」
友人は少しぬるくなった手元のココアを、持て余したあと、口元へ運び、くいっ、と傾けた。
「うん、がんばれー」
私はそんな友人を横目に、沈んだ空をただひたすらに見つめた。