にがみ
心から溢れた愛と呼ばれるそれは、酸化して黒くなりました。
「永遠って魅力的よね」
唐突に彼女が何か可笑しなことを言うのには、もう慣れた。はじめのうちは話に付き合ってあげたが、彼女は時に物騒な台詞を言うもんだから、最近は下手に関わらないようにしている。
「…コーヒー、のむ?」
「のむ、のむ、ずっとのむ」
俺はさりげなく席を立ちキッチンへ逃げる。
「いっぱいのむわ、コーヒーにはね、カフェインっていう、眠くなりにくいものがあるっていうじゃない?今の私たちには、たくさんのカフェインが必要なの。わかる?」
遠くで彼女が喚いている。
気にしない。
ヤカンに水を入れ、火にかけた。
「永遠に起きているのよ、死んだら貴方と私が隣にいないかもしれないじゃない。だから、起きて、永遠に生きて、カフェインで、」
彼女は俺を愛しすぎている、という心理学を学んだ友達は言った。たぶんアイツはヤブ医者だ。
「ミルク入れるよね?」
「…………うん、いっぱいね」
ゆるふわ、今どきのオンマユ。
かわいい、俺の彼女。
こんな子に愛されてるお前は幸せものだよ、それを自覚しろよ。なんて言ったアイツは、相当いかれているに違いないだろう。
「お前、寝ないの?ほんとに」
「……ねないわ、だって」
ピー、と。甲高い音が二人を貫く。あわてて火を消して、カップに三角をセットした。
「…じゃあ、ずっとセックスしてようか、寝ないためにも」
回しながらカップにお湯を注ぐ。彼女は黙る。俺の勝ちだ。
こうやって、彼女を困らせては形勢逆転をしている。てか、コーヒーにミルクいっぱい入れてたら、眠くなるし。
円を描きながらミルクを黒の中に静める。黒は表情を和らげていく。
「たっぷり、入れてね」
「人生そんな甘くなんないよー」
「なによ、そんな」
「甘かったら寝れないしょ」
カップを揺らしながら彼女の前にカフェラテもどきを持っていく。
彼女は黙ってそれを受け取る。
両手でカップをつかみ、口元に近付け、吐息で湯気を追い払う。
「んっ!……に、がい」
「色に騙されてる、なーんてな」
「なによ、ばか」
「ミルクは甘くなんないし…、口当たりがまろやかになるだけじゃね?」
俺は黒を飲む。
彼女は不服そうに、こっちを見る。
「カフェイン……永遠……」
「…俺のよりは苦くねーだろ?」
にやっと言えば、彼女はギロッとにらんできた。
俺はコーヒーの熱さに紛れて舌を出した。
心から溢れた愛と呼ばれるそれは、酸化して黒くなりました。
「ふざけないでよ」
「はっ、……どっちが」
こぽり、こぽり。
溢れるそれは愛憎かもしれない。
あい、とは、なんだ。
「精子にカフェインなんてないわ!」
「あってたまるか!」
「もう、いや、砂糖いれて」
「…………はいはい」
好き、とは相容れない、ものである。