エリアル
不器用な呼吸を繰り返す。
あぅあぅ、嘆くだけの彼女に唇を突き出して声を塞ぐ。いやらしい顔と身体と仕草に騙された。下品で強情で碌でもない女だった。そうやって男をたぶらかして生計を立てているんだろうと考えると、やっぱり彼女は悪女と言える。
赤いルージュが頬をかすめる。化粧品独特の粉っぽいような臭いがどうも慣れない。化粧を落としたくないから、といってホテルに着いたら速攻ベッドに寝かされた。彼女は何が目的なのか一瞬分からなくなる。
出っ張った肩胛骨からなだらかにくだる背骨をなぞれば、完全に欲情しきった甘ったるい声がきけた。演技かどうか分からない。正直どうでもいい。自分の好きなようにするつもりだ。
行為も終盤にかかってくれば、そんな些細なことを考えていたことさえ忘れていた。
ただ彼女が求めるまま。自分の本能のまま、身体を重ねて、熱を帯び、情を交わしたまで。
ゆったりと時が止まる。
「きもちかった……?」
そう問われて、射精の余韻というのだろう。ぼやけた意識の中でギクシャク頷いたのを覚えている。イカしたテクニシャンだよ、まったく。彼女はペタンと行儀よくベットに座って、くたくたと息をする。そのたびに僅かに揺れる胸に、いい女だと思わされた。
「ねぇ。私たち、相性いいと、思わない?」
どういうわけか、まったく感情のない台詞だと思ってしまった。一夜限りの火遊びのつもりだ。だから、きちんと、後始末をしなくてはいけないことはわかっている。本当にわかっている。
だけど、水を含んだ瞳が。紅潮した頬が。腫れぼったい肉厚な唇が。いちいち俺を誘うように、理性を逆撫でしてくる。
「知らん。どうでもいい」
出会いという摂理は実に悲しく、コイツをまた独りにさせてしまう。わかっている。だから、面倒なのだ。キザな言葉なんか何にも浮かばない。悪女相手だとしても、俺がリードしていたいと思う。
「じゃあ、もう、遊んでくれないの?」
駄々をこねる子どもみたいな、構ってくれと甘えてくる猫みたいな、涙ぐんだ声で、くだらなくも、可愛くない事を言われた。
「………どういう意味だ」
下手な事は言えず、逃げの台詞。
「……そう、なんだ、そうなんだ」
彼女は自分から脱ぎ捨てた下着をベットから拾い上げると何の躊躇いもなしに身につけた。シャワーすらも、嫌なくらい、か。
彼女からしたら俺みたいな客が何だかんだで一番厄介なのだろう。決してお金をせびる事ができないから。そうやって取捨選択をして、上手くやりつむいで、生計を立てる。下手に敵に廻って欲しくはない、ずる賢い生き物だと関心した。
「………………ねぇ」
もう、彼女は部屋から出ようとする一歩手前で、最後に何か言いたい事があるようで、パタリと足を止めて、コチラに振り返ることなく、どうやら深呼吸をし気を落ち着かせている。
「……連絡、待ってても、いいかな?」
電話番号しか知らない。本名すら知らない。お互い何にも知らない。なのに、この女は俺に何かしらの期待を抱いているみたいで、何も言えなくなった。
少しの沈黙。
それを破るのは案外はやくて、呆気ないもので、「…そう、わかったわ」なんとも言えない彼女の言葉だった。
それからはドアが開いて、ピンヒールが響いて、彼女が部屋から居なくなって、ドアが閉じただけ。なんとも簡単で、下手くそな手品だった。やっぱり魔法なんてないんだな、と実感したのも馬鹿馬鹿しいが今だった。
ほんのり隣にある彼女の残り香は、ぬるく、胸のあたりにしこりを作った。こんな空気、もうクソ食らえだ。