夏の始まり。微弱な酸味。
「ぼく、子どもが好きなんですよ…」
初夏がはじまり、白いワイシャツには二の腕の肌色が透けて見える。その人はその白さによく映えるいつもの幼稚臭いワッペンが貼りついている青いエプロンを生ぬるい風に泳がせながら、どこか寂しそうな物言いで夕暮れを見つめている。
「これも、そうです」
そう言って、いつも無邪気な子ども達にもみくちゃにされているエプロンを、その人はいとおしそうに触れて、小さく微笑んだ。
「それが自分の子どもだったら、どんなに幸せな事なんだろうと、考えたことだってあります……」
何もない風がもどかしく騒つく。
この人は一瞬だけつらそうな表情をしてから、いつものような穏やかな笑みに変わる。
「…いつか素敵な女性と結婚して、男の子と女の子を1人ずつ授かって……」
それは、その人の触れたくなかった核心。
この人を大事にしようと思うずっと前から十分に分かり切っていたことだったが、いざ本人から聞かされると、鋭く尖ったもので奥深く抉られているような感覚に苛まれる。
「……わりぃ」
俺はただそれだけ言って、目の前のか細い身体を抱き締めた。
それはほんのり温かさを帯びていて、どことなく脆さを感じさせた。
「その夢全部、諦めてくれ…」
たどたどしい動作で、ゆっくりと背中に両手が回される。それからTシャツをくしゃりと手繰ったと思ったら胸元がじんわりと湿った。
うっ、うぅ、と小さな嗚咽さえ耳をかすめてきて、その人の表情や感情をうかがうよりも先に、自分の抱き留めた温もりの重さに赤み出した空を仰いだ。
「違う幸せ、探さないか」
同じリズムで背中をなだめる。
そうしたら一層激しく泣かれてしまった。
肩を小さく震わせながら、もたれかかるように、すがりつくようにするその人の髪に頬を当てて、毛先の柔らかさに、Tシャツと一緒に心臓もくしゃりと握り潰されているんじゃないかと思った。