『ただいまー』
「やよいちんどこいって…」
緑間を連れてきたことに驚いたのか、一番最初に私の言葉に反応した紫原はそこで言葉を止めた。
『じゃあちょっと眼鏡とってくるから』
このような事態に備えていたかどうかは分からないが、もうひとつ眼鏡を持っているらしく荷物があるパラソルの元へと私たちは直行した。
私も早く手を離してあげたいところだが、眼鏡がない今、一人で歩けないのだからこればっかりは許してほしい。
『はいこれ緑間の荷物』
「………」
眼鏡を探して手渡しするべきなのかもしれない。
でも私は女子で緑間は男子なわけで…。
流石に荷物のなかを漁るわけにもいかず、申し訳ないがバックをそのまま差し出した。
緑間が手探りで眼鏡を探すことは予測できたのにここに来てそれに気づいた。誰か男子を連れてくればなーと思ったがそれはもう遅かった。
緑間のバッグの中が見えないように、私は緑間に
背を向けて同じレジャーシートの上に腰を下ろし、パラソルの陰に身を収めた。
いくらもしないうちバッグについたファスナーを閉める音がした。
どうやら眼鏡は自力で見つけられたようだ。
『はい、コレ。』
「……!あぁ、…」
私は緑間の方を向き、片手に持っていたペットボトルを差し出した。
緑間は眼鏡のことで頭が一杯で、飲み物の存在を忘れていたらしく、一瞬驚いた様な顔をした。彼は少し遠慮ぎみにやんわりとそれを掴んだ。
買ったばかりにはキンキンに冷えていたのに、今は少し熱を持ち始めている。
夏の暑さって怖いね。
そういえば、みんなもそろそろ水分補給くらいはした方がいいのではないだろうか。
私が緑間を探しにいってここに戻ってくるまでこそこそこの時間が経過している。なんといってもこの暑さ。砂のお城はもう少しで完成しそうだけど、皆の体の事を考えるとやっぱり一端休ませたい。
緑間もここに居るし…。
よし、皆をここに呼んでこよう。
とそう思って、お城の方へ向かおうと顔を向けた。
「やよいちん!!」
『あ』
腰を持ち上げるよりも早く、紫原が少し焦ったような表情で、駆けながら私の名前を呼んだ。
そしてその数メートル後ろにはあの場にいた、唯、赤司、さつき姉、それから大輝もいた。
どうしたんだろ。まいっか。行く手間が省けた。
『今呼びにいこうと思ってた』
「何か僕たちに用があったのかい?」
『うん、まぁ……そんな感じ
言いたいことがあったの。』
私の言葉に一番早く反応したのは赤司だった。
用ってほどのものじゃないけど。
私がそう言うと、緑間以外の全員がピクリと肩を揺らした。
『一端休憩した方が良いかなと思って』
「……なんだそう言うことか」
え、なんでそんな呆れた感じの反応してるの!??
「俺はてっきり……」
「私みどりんと付き合ってるって言うのかと思ったよ!!」
「ブフッ!!!!……な、な、ななな!」
『…………は?』
さつき姉の謎の発言に、緑間は飲んでいたスポーツドリンクを吹き、私は間抜けな声が出た。
皆が首を縦に降っている理由がわからない。というかなぜ、何を根拠にそうなった。
「だってやよいちゃんいきなり居なくなって、帰ってきたかと思えばみどりんと手を繋いで帰ってくるんだもん!」
そういえば、緑間を探しに行くと伝えたのは唯にだけだった。ってかみんな想像力豊かすぎるてしょ。
「やよいちん!本当はどうなの!?」
レジャーシートに腰を落とす私の前に、紫原は膝をつき、私の肩を掴んだ。
『本当もなにも……付き合ってないから』
私と付き合ってるって誤解されるとかホント申し訳ない。そう思った私は緑間に謝った。
『なんか緑間ごめん』
「ふんっ。……間違われるとは………甚だ迷惑なのだよ」
ですよねー。緑間は左手で眼鏡のブリッジをクイっと上げながらそう言った。
『そういうことですので』
「そっか!!」
紫原は私の肩に置いていた手をするりと離し、安心したような笑顔で笑った。
なんでそんな顔をしたのか分かんないけど、可愛かったので紫原の頭を撫でた。
「せっかくみんなここにいることだし休憩でもしようか」
「そうだね…!」
赤司がそう言うと、みんなはレジャーシートの上に腰を下ろした。
やっぱみんなで座るとちょっと狭いね。
って私飲み物無かったんだった。買いにいかなきゃ。
各々自分の持っているペットボトルの蓋を開けて飲んでいる所に私は立ち上がりながら言った。
『私飲み物無いから買ってくるね』
誰かにツッコまれる前に、私は“さっき買い忘れた”と言葉を続けた。
「私の飲む?」
『さつき姉のも無くなりそうじゃん。
いいよ。ついでにさつき姉のも買ってくるから』
「え、でも…」
『いいのってか私さっきサボってどっか行ってたから、ね?』
緑間を探しに行ったとはいえ、実際はみんなに断りもせずに行ってしまった。働かなかった分を代わりにということで
『他に飲み物なくなりそうな人買ってくるけど』
「俺コーラな!」
「じゃあ私はポカリ!」
「私は…アクエリアスかな」
「俺も同じのを」
「俺はカルピス!」
『はーい』
緑間以外のオーダー(?)を取ったところで、バッグの中から首にかけられて、防水タイプの財布を取り出した。
『じゃ、いってきます』
「待つのだよ」
『……緑間?』
さっき買ったばっかだけどもう無くなったのか?“何がいい?”と聞こうとしたが、それは緑間に言葉を被せられ叶わなかった。
「…………俺も行くのだよ。」
「、?!」
なんでも聞くまでもなく、言いづらそうに言葉を詰まらせる緑間を見ていれば、何を考えているのかすぐに分かった。
きっとさっきのナンパの事だろう。緑間が心配になる理由も分かるが、私にその可能性は100%ない。
『あー……、緑間大丈夫。
私は絶対大丈夫。』
「だが……!」
「じゃあ俺!俺が行く!」
緑間の次はなぜか紫原が一緒に行くと言い出した。どうしたのこの子たち。
あれかな、一人じゃ持ちきれなさそうだからお手伝い、とかかな?
「ひとりじゃ持ちきれないだろうし…!」
作中では紫原は、マイペースで人に気を使えないみたいなキャラっぽかったけどそんなことないと思う。真逆だよね!
でもそれではサボりの罰に付き合わせてしまうことになる。
『ありがと紫原。でも大丈夫だよ。』
断ると悲しそうに眉をハの字に歪めた紫原の顔が可愛すぎて心が揺れた。相手の事を考えてした行動が上手くいかなかったり、断られたりすると誰でも落ち込むだろう。少なくとも私はそうだ。
でも紫原にはやっぱり休んでいてほしい。
もう一度“ありがとう”と伝えて私は飲み物を買いに駆け出した。
パシり行ってきまっす
やよいの姿が見えなくなったあと、さつきが口を開いた。
「やっぱ私一緒にいけばよかったなー…。」
それを聞いた唯も首を縦に振った。
しかし追いかけたところで、あの人混みからやよいただ一人を見つけるのは困難である。追うには遅すぎたと誰もが思った。
「そういえば……
なんでやよいちゃんとみどりんは手を繋いでたの?」
さつきの突然の質問に緑間は再び飲み物を吹いた。
「ねぇ、みーーどりん」
「む…………それは、だな」
「え!?まさか本当に付き合ってたの!??」
「ちょっとみどちん!それ本当なの!??」
言うのを躊躇った緑間に、さつきと紫原が食らいついた。
「だからなぜそうなる!」
「だってみどりんが理由言わないんだもん!」
引き下がらないさつきに、緑間はとうとう声をあげた。
「あいつは俺を助けてくれたのだよ!!」
「なにからよ!」
「知らない女性からだ!!」
緑間はそこまでいって我に返り、赤面し、次には青筋を浮かべた。
「それってつまり…」
「逆ナンってやつ…?」
“えぇーーー!?”とさつきは声を出して驚いたが、聞いていた他の人物も驚きを隠せず目を大きく見開いた。
しかしいつの間にか、その場にはひとりいなくなっていた。
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