---緑間said
時刻は正午を過ぎ、午前練を終えたオレたちは涼しい場所で昼食をとろうと廊下を歩いていた。
するとどこからか大きな声が響いてきた。それははじめて聞くもので、その声の正体は目で見てやっと剣道だと分かった。
彼らは夏だというのに分厚く通気性の悪そうなものを着ていて、自分の格好とは正反対だ。
声からすると、背の低い方が女で、高い方が男のようだ。
その動きは速すぎてどちらが一本とったとか、勝ったとか、オレの動体視力では判定できず
『もう一回!』
---バシィィイ!
「もう一回!」
この二人の反応で勝敗を判断していた。
どちらの声も聞いたことがあるのだが、誰とまでは分からぬまま二人の試合は終わってしまった。
剣道に関する知識はほとんど無いが、この二人がとてつもなく強いのは分かった。
しかし剣道部はなかった筈だ。この二人はなんなのだろう。
そう疑問に思っていられたのも束の間。
面に手をかける女を見てそんな疑問はあっという間に吹き飛んでしまった。
そいつは身長が低いわけではない。むしろ高い方だ。しかし相手は男。男女の力の差とは出てしまうものだ。離れていても分かるほど威圧感のあるその男に、そいつは怖じ気付かず立ち向かっていった。
おまけに勝負は互角で全く引けをとっていない。
そんなあいつに興味を持った。
そして手拭いをとり、長い髪がフワリと舞ったとき、オレの心臓は異様なリズムを刻み始めたのだ。
それはあいつ。桃井やよいだったのだ。
桃井やよいとは深い仲ではない。オレ以外の奴らは違うようだが。
初めて出会ったのはテストの順位表を見に行ったときだ。
あの時のオレは少々苛立っていて、宣戦布告した後すぐにその場を立ち去った。向き合ってあっていたのはほんの数秒。第一印象は“冷めたやつ”だった。
違うなと思ったのは、紫原に無理矢理つれてこられマネージャーの代わりにやって来たとき。
先輩たちに冷たい態度をとられ続けながらも、投げ出さず黙々と仕事をこなしていて、責任感が強いやつなのだなと、思った。
オレは以前、すごい態度であいつに接してしまった。普通に接しろというのが無理な話。
しかし感謝の気持ちは伝えるべきだと踏んだオレは“ありがとう”とは言えなかったが、代わりに“助かるのだよ”と言った。
オレがそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。初めに言った時、あいつは目を大きくして驚いたが、次には柔らかく微笑んで“ありがとう”と返してきた。
少し曇っていた表情が自然なものに変わったその笑顔を見たら、少し言うのを躊躇ったが言って良かったと、そう思った。
それと、体育祭の時のあいつは凄かった。興味はなかったがそれでも目につくあいつ。
髪の色も関係しているかもしれないが、それ以上にあいつの身体能力はずば抜けていた。
体育祭、オレの係は召集係だった。
長距離走の召集がかかっているというのに、いつまでたっても来ないクラスがひとつ。棄権という連絡は来ていない。全く迷惑なのだよ。
そう思っているとバタバタと息を切らしながら二人の人物がやって来た。そのうちのひとりは桃井やよいであった。
体育委員であろう女は桃井やよいを列にならばせると、オレの方にやって来た。
その時オレは、あいつが召集がかかっていることを忘れ、慌てて体育委員のやつが連れてきたのだと思った。
しかしそれは違った。
「出るはずの子が体調不良になっちゃって・・・。やよいちゃんは代走でつれてきました・・・!よろしくお願いします・・・!」
『・・・・・・分かったのだよ。』
正直驚いた。あいつがこういう行事というものに積極的に参加する性分だとは思っていなかったのだ。面倒だと言って適当にやり過ごす奴だと思っていたから。
なんとなくそのレースを見ていたが、やはりあいつは凄かった。二位のやつに一周差以上もつけてゴールしたのだ。
しかしゴールしたのと同時に倒れたのは吃驚した。そう、ゴールと同時だ。自分でも体調が良くないと分かっていた筈。それなのにそれを周りに察せさせず、走りきったあいつ。
この時からあいつのイメージが大きく変わり始めた。
そして今完全に変わった。
冷めてるというのはオレの偏見だったようだ。
あいつは熱いやつだった。
それにしてもかなりの負けず嫌いだったとはな。あんなに感情をむき出しにする人物だとは思ってもなかった。
知れば知るほど、他にもオレの知らない桃井やよいがいるのではないかと思い、もっと知りたいと興味を持った。
あいつが去ったあともオレの心臓はしばらくおかしかった。
昼には山城もやって来て、いつ海に行くかという話になった。
あぁ。そういえばそんな話もあったな。
楽しみだと思ってしまうのはオレがまだ子供だからだろうか。
早く行きたいと柄にないことを思った。
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