『先輩!』
ゆっくりと振り向いた彼の眉間には深いシワが刻まれていて、明らかに嫌そうに見えるその顔を見て反射的に視線を反らしてしまった。
やらかした。
様子をうかがうため、覗き込むように顔を見るが、表情は変わらずそのままだった。
目を見るのは無理だ。心が持たないし、逃げると思う。
でも顔はあげていた方がいいと思ったから、目を見るその代わりに顔の角度を体育着に刺繍してある“虹村”の文字が視野の上にギリギリ映る位置にし、軽く息を吐いた。
用件は手短に、だ。
今この時間も嫌だ思う。遅いともっと嫌な思いをさせしまう。
『すいません。またご迷惑をかけてしまいました。
ハードルありがとうございます。
では失礼します。』
完璧だ。
短くお辞儀をしてテントへ戻ろうとした。
でもそれは彼に腕を掴まれて叶うことはなかった。
眉間のしわは消え、なにか複雑そうな顔に変わっていた。
その表情は一言では言い表せなくて、いろんな感情が混ざったような感じ。
『あの・・・・』
離してほしい。
今はまだ午前だ。体育祭は午後もある。またあんな罵声を浴びせられたら残りの時間をどういう気持ちで保ち続けたらいいのかわからない。
「・・・・った」
語尾しか聞こえなくて私はどうも答えられず黙った。
「この間は悪かった。」
そういい始めると、そのあとはぽつぽつと途切れながらも言葉を並べた。
彼の話はこうだった。
あの時言った言葉は本心じゃない。と。
聞いた瞬間はウソだと思った。でも苦虫をつぶしたような顔をする彼を見れば嘘じゃないとすぐにわかった。
この人にも何かしらの理由があって、つい言っててしまったのだと思う。
でもやはり正マネージャーを思ってのことだろう。優しいくて、マネージャー思いなんだ。
しかしイマイチ理解できないことがある。
まぁ今自分は虹村先輩にこうして“この間は悪かった”と言われているのだが、何に対して私は彼に謝られるというか、以前吐き出してしまった言葉を否定しているのかが分からずにいた。
何をどう返したらいいか分からなくて私はじっと黙り込んだ。
「だから、そのさっきのも・・・」
さっきの?
あ、ハードルのことか。あれは自分でも本当に役立たずだと思った。
きっとこの言葉に続く言葉は鋭いのだろう。
そう察した私はキツい言葉をぶつけられても大丈夫なように身構えようとした。
でも受け身になって良いことはないと思った。
またあの時みたいに怒鳴られるのならいっそ自分で言った方が楽なのではないかと判断した。
『すいません。役立たずでしたよね。
旗を並べるのも遅くて手伝いにも行けませんでした。
本当に私クズですよね。』
「お前何言って…」
『先輩の気持ちを代弁したつもりだったのですが。足りませんでしたか…?』
「なっ!?」
目を見開き、肩をピクリと揺らし体を強張らせたから本当にそう思っていたんだろう。
自分で言うのもなかなか辛いけど、直接本人に言われたあの時に比べればはるかにマシだ。
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