『ただいまー』
家の中に入れば夜ご飯の支度をしていたらしく、いい匂いが私の鼻腔を刺激した。
ローファーを脱ごうとする前にエプロンをし、長い髪をクリップでまとめた母さんが私を迎えてくれた。
「やよいちゃん、おかえりなさい」
優しく微笑む母の顔とさつき姉の顔がすこしタブって見えた。さつき姉は本当に母さんにだ。うらやましい。
靴を脱いで、下駄箱にしまおうとするが、一足大きなサイズの靴があるのに気付いた。父さんがこの時間に返っているはずがない。ということは。。。
「そうそう、大輝君が来てるわよ」
まじか。
部屋でいちゃいちゃすんのはいいけど、その部屋は私の部屋でもある。
小学生までは贅沢だとか、姉妹で仲良くなってほしいと言われ、同じ部屋じゃないとだめだと言われてきたが、中学生になったら空き部屋が一つあるから、そこを使って、一人部屋になる予定だった。
どちらが移動するかのじゃんけんに負けたのは私で。
早く移動したいのだが、ベッドやら机やらタンスやら、女手三人で運ぶには無理だ。
だから父さんの力が必要なんだけど・・・。
今の時期は忙しくて帰りは夜遅いし、休日出勤だってある。そんなかんじで仕事のない日はゆっくり休んでほしかった。
そんな訳で移動するのは夏休みということになった。
早く夏休みになってくれ。
私がいるにも関わらず、大輝とさつき姉はずっといちゃいちゃしてる。私は蚊帳の外にはじき出される。
特に夫婦喧嘩になったときが一番困る。
ただいちゃついてる時は、イヤフォンをして音楽を聴いてればいいけど、喧嘩になるとそうはいかない。二人同時にしゃべりだすからどっちが何を言っているのかさっぱりわからない。私は聖徳太子じゃないんだからやめてほしい。
どうせ今は二人で勉強会だ。帰ってすぐに勉強しようと思ったけど今日は無理なようだ。
仕方ない。大輝が帰るまでの辛抱だ。
『夜ご飯の支度手伝うよ』
制服のまま手伝おうとると着替えてからねと言われ、しぶしぶ二階にある自室へと向かう破目になった。さっさとでよう。さっさと。
ドアを開けると大輝とさつき姉がいた。それはいい。
ただ。
『大輝。今すぐそこから降りて。』
自分でもすごく冷たい声を出したと思う。でも100%大輝のせい。
『ちょっと人のベッドで堂々とくつろいでんのさ。』
そんな私をちらりと見るが大輝は無視した。そのまま大の字に寝転んだまま教科書を眺め続けた。
こいつっ…!
ちょ、枕。枕・・・!!!ぎりぎり足はのっていないが、ふくらはぎを枕の上においている。これは許すまじき行為だ。
ずんずんと大輝に近づき、大輝の足台になっている枕を抜き取る。ただ見つめていただけの教科書から視線を移したと同時に思い切り睨み付けた。
そうすると大輝は跳ねるようにベッドから降り、床に正座した。
ふんっ。乗るならさつき姉のベッドに乗りなさいよ。それに幼馴染にしても女子のベッドに乗るなんて。
ベッドに乗るは千歩譲って良しとしても、枕の件は許せない。
一件落着(?)したところで、部屋着とハンガーを手に取り、別室で着替えようとしドアノブにてをかけたのと同時にブレザーの裾を掴まれそれ以上前に進めなくなった。
一体なんだ!母さんが待ってるのにっ
少々苛立ちを感じながらも振り向くと、若干泣きそうな哀れな目をした大輝が映った。
もう!謝っても許さないもん!
しかし大輝の発言に私の体は硬直した。
「頼むっ!!勉強教えてくれ!!!!」
『え、やだ。』
「マジで頼む!!!」
『ふんっ』
さっきまで自分がなにをしていたのか、私の今の心境をわかっているのか。だいたいあんたには・・・・
『さつき姉がいるから別にいいじゃん』
さつき姉は頭がいい。私が教える必要もない。大体ここにはさつき姉に教えてもらうために来ているはずだ。私にじゃない。
そう言い放てば今まで黙っていたさつき姉が口を開いた。
「それが・・・・私にも手が終えなくて・・・・」
“それにやよいちゃんの方が頭いいでしょ?”と付け加えた。
いや、でも。
『やなもんはやなの。』
いつもなら仕方ないと言って教えるんだろうけど、こう意地を張ってしまうのは大輝のせいだ。
「出そうなところだけでもいいからよ!!!」
そんなのわかるわけ・・・!ん?
それだーーーーー!!唯の件はこれでいける!!
『大輝ナイス。ありがとう。』
グッと、親指を突き立てて私は部屋から出た。
そうだよ。未来が見える人に聞けばいいんだよ!詳しいことはまた明日唯に話そう!
さて、うまく抜け出せたところだし!ご飯の準備でもしますか!
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