今日は少し遠くまで買い物に来ている。火神がどうしても欲しいものがそこでしか買えないとかなんとか。
遠出の買い物は今回が初めて。ワクワクしていたのだが、目的地についたところで問題が発生した。
「お客様。申し訳ありませんが、ペットの持ち込みはご遠慮ください。」
店にはいると同時に店員さんに注意され、私たちは一旦店の外へ出た。
そして火神は眉間に深いシワを寄せて唸っている。
火神はきっと今、葛藤をしている。
私を置いてそれを買いに行くか、もう諦めて帰るか。
ここまで来たんだ。それほど欲しかったんだろう。私のせいで火神が我慢するのはなんだか申し訳ない。
お店から出て暫くしたところで私はするりと火神の腕から抜け、地面へと降り立った。
それから近くにあったベンチへ飛び乗り、その上に綺麗な姿勢で座った。“私はここで待つ”と伝わるように。
すると火神はゆっくりと私に近づき、私の顔と同じ高さのところまで膝を折った。
「ここで待っててくれるのか…?」
伝わったみたいだ。こくんと首を縦に振った。
じっと私を見つめる火神の赤い瞳がぐらぐらと揺れた。
どうやらまだ悩んでいるみたいだ。気にしなくていいのに。
今度はぐでっとベンチに伏せ、“自分はここから動かない”というアピールをした。
ようやく折れた火神は、“ちゃんとここにいろよ…?”と私の頭をくしゃっと短く撫でた後、駆け足でそのお店へと姿を消した。
私のことなんか気にしないでゆっくり買い物すればいいのに・・・。いつも迷惑かけてるのは私だからさ。
昼寝でもしようかなーと思ったけど、ここは外。知り合いが誰もいないところで寝るのは少しばかり不安だ。でもなにもすることがなくて暇だ。
さっきはゆっくり買い物して何て言ったけど、やっぱり暇だから早く帰ってきてほしい。
ぼーっと火神が入ったお店の自動ドアを見つめていると、見たことのある人物が姿を表した。
つり上がった瞳。その色は灰色で、真っ黒な髪をセンターで分けている。
これは……100パーセント高尾だ!!!!!
会えたことに感動してキラキラとした視線を送っていた。
私の視線に気付いたのか、高尾(仮)は私のの居るベンチにドカッと腰掛けてきた。
「ご主人様はどーしたんだよっ」
私の顎の下を人差し指でこちょこちょと撫でながら高尾が言った。
お店に近い方の前足と顔をピッとお店に向けた。
「あぁー、あそこペット禁止だもんな」
……スゴい。私高尾と会話できてる…!
「仕方ねぇ。
暫くこの高尾様がお前の相手してやんよ。」
ニカっと白い歯を見せながら笑った。
高尾のコミュ力はこの人懐っこい笑顔故になのではないだろうか。うん。
高尾はネコかなにか飼ってるのかな?
私の頭を撫でる手つきはとても馴れたもので、気持ちよくてその手に自分の頭を押し付けた。
高尾はいろんな話をしてくれた。主にバスケのことだけど。
それと、まだ入学してそんなに経っていないけれど、もう女の子に告白されたらしい。それも一人じゃなくて何人にも。中には先輩もいたとか。
「話したこともねぇのにな」
と、少し寂しそうに遠くを見ながら言った。
秀徳は王者と呼ばれるほどの強豪校で、伝統もある。それなのに一年生でレギュラーというのは凄いこと。だから噂になるのは当たり前で。
その女の子が、どのくらい、どのようにして好きになったのかは分からないけれど、高尾的には外見とか、噂とか。ちゃんと自分の事を知らないのに“好きだ”と言われるのが嫌なんだろうなと、思った。
第三者から見れば羨ましい光景なのだろうけれど、本人はこうして悩んでいる。モテなさすぎるのにもアレだが、モテすぎるのも考えものだ。
灰色の目の奥は寂しそうに揺れ、自嘲気味に笑っていた。
もし私が人間であったとしても『そっか』とか、そんなことしか返せないんだろうけど、やっぱり言葉があるのと無いのでは違う。アクションを起こすしか、私が思ってることを伝える方法はない。考えた結果私は高尾の膝に飛び乗った。
地面に落とされていた目線は私をとらえ、“どうした?”という目をした。
私は爪をたてないように気を付けながら、高尾の頬に自分の前足をそえ、そのまま上に持ち上げ、無理矢理笑顔を作らせた。
私が抱く高尾のイメージは、いつも楽しそうに笑ってるみたいな。
悲しそうに笑うその顔は高尾には似合わないと思った。
きょとんとした表情を浮かべた顔だったが、何秒かの間の後、緩く眉間にシワを寄せ柔らかく笑った。まだ私のイメージする笑顔とはほど遠いけど、さっきみたいに無理矢理笑ったそれよりははるかにマシだ。
少し虚ろだったその目には鋭さが戻っていた。
それを見て私はぱっと前足を定位置に戻した。
「なんか元気出たわ。サンキューな」
私の行動がどう高尾の心に影響したのか定かではないが、なにかひとつ問題が解決したみたいだ。
よかったよかった。
高尾はぽんぽんと私の頭を撫でた。
こんな時にこんなことを言うのはアレだがなんか喉乾いた。
キョロキョロと見回すと、水道を発見した。
よし。あそこにいこう。
私はベンチから降り、高尾の膝に手をおいた。
「ん?どーした?」
くるっと反転し、高尾に背を向けちらっと見てからゆっくり水道の方へ歩き始めた。
「着いてこいってことか?」
振り返ってからこくん、と頷くと後ろにいた高尾は私の横に来た。
「はいはい、仰せのままに」
さっきよりすっきりとした表情に。私はなんとなく嬉しさを感じた。
水道の前に行き、高尾に蛇口ひねってという視線を送ると、勢いよく水が出た。予想よりずっと水の量が多かったからびっくりして水道から、ものすごいスピードで逃げた。
びっくりした....。
慌てて高尾の後ろに隠れたのだが、高尾はふるふる震えており、次の瞬間にはげらげらと笑いだした。
わざとやりやがったぞこいつっ!!!
むかつくーーー!!
仕返しに膝の後ろに体当たりした。するとカクッと膝が折れ、そのまましりもちをついた。あれだ。膝かっくんてヤツだ。
ふんっ。おかえしだもーん。
ぷいっとそっぽを向くと高尾は“悪ぃ悪ぃ”と、笑いすぎてでた涙を人差し指でぬぐいながらゆっくりと蛇口をひねった。
ふう。。。やっと水が飲める。
私は上から落ちてくる水に顔を近づけた。
---高尾said
店から出ると不思議な視線を感じてその視線をたどってみると、着ぐるみを来たネコみたいな、犬みたいな動物がベンチの上に座っていた。
気のせいかと思ったけど明らかにオレを見ていて、なんとなくそいつの隣に座った。
オレは動物に話しかけてしまう性分らしい。
答えが返ってくるはずないのにそいつに“飼い主はどこだ”と質問した。
するとそいつは前足と顔を、ぴっと店側に向けた。
それがただの偶然かわからないが、興味がわいたからしばらく一緒にいることにした。
どうやらこいつには人間の言葉がわかるらしい。オレの話にタイミングよく頷いたり、唸ったり。
一番驚いたのは、オレがちょっと悩んでることを話したとき。
ぴょんっと膝の上にのったかと思えば、オレの頬を持ち上げたのだ。小首をかしげたそいつは“笑って?”とでも言っているような顔で。
特に何か特別なことをされたわけじゃない。でもなんだか心がすっと軽くなった気がした。
不思議なやつ。
ぽんぽんと頭を撫でてやると、ベンチから降り、俺について来いというそぶりを見せた。
ついていくとたどり着いたのは公園によくある水道。小さい子供でも使えるように地面に水が落ちるようになっているやつだった。
どうやら水が飲みたいらしい。
蛇口をひねってやるがちょっとこいつをいじめたくなった。ワザと蛇口を一杯にひねると、その水の量に驚いたようで、オレの後ろに慌てて隠れた。
その姿が面白くてかわいくて、オレはゲラゲラと笑ってしまった。するとあいつはそんなオレに腹をたてたようで、膝の裏に体当たりをかましてきた。
不意打ちを食らったオレはそのまま尻餅をついた。
拗ねたように顔をそらすそいつはやっぱり可愛くて。
それと楽しくて。俺はずっと笑っていた。
機嫌を直してくれると信じて頭をぽんぽんと撫でてやり、今度はゆっくりと水を流した。
しかし顔を近づけたものの、上から落ちてくる水の飲み方がわからないようで顔を近づけては離しを繰り返していた。
でもオレに助けを求めてくることはなくて、何度もチャレンジしていた。
可愛いやつ。
「ほらよ」
オレは自分の両手を器のようにして、掌に水をためた。
そいつはきょとんとした顔をしたが、しばらくすると遠慮がちに顔を近付けた。
水を飲み始めると、オレの掌にひげやらざらざらした舌があたってくすぐったかった。
満足するまで飲むと、一歩後ろに下がって綺麗にお座りし、前かがみになったその姿はお辞儀をしているように見えた。
「どういたしましてっ」
オレがそういうとぱっと顔を上げて嬉しそうに目を輝かせていた。
やば。可愛いんですけど
そのあとまたさっきのベンチに座ってちょっと話した。もうちょっと一緒に居たかったがオレにはこの後予定があったからそれは叶わなかった。
「じゃあな。」
くしゃくしゃと頭を撫でるそいつの顔は寂しそうに見えて胸がきゅんとした。オレってこんなに動物好きだったんだな。
オレはベンチから腰を持ち上げ、そこから去った。
不思議なんだ。
あいつに話しかけていると、話してるのはオレだけなのにそんな感じはしなくて、楽しいし、心がすっと軽くなるんだ。
めちゃくちゃ可愛いし、もってかえりてーって思ったけど、飼い主がいるのにそんなことできないだろ。犯罪だし。
くそー。っと頭をがりがりかいていたら、後ろからなにか近づいてくる気配がした。
振り向けば、今オレの頭の中を一杯にしているあいつがいた。
も、もしかしてオレ懐かれちゃった・・・?
って…。ん?
口元を見るとなにやらキラキラ光るものが加えられていた。
それはとても見覚えがあるもので、オレは慌ててズボンのポケットに手を突っ込んだ。しかしその中にはあるはずのもの入っていなくて、違うところにあった。
オレが膝を折って立膝をつくと、あいつはてけてけと近づいてきた。
「持ってきてくれたのか…?」
加えられていたものはオレのチャリキー。ポケットに入れていたはずなのにいつの間にか落としていたらしい。
鈴ついてんのに気づかなかったとか、オレどんだけ考え込んでたんだよ。と自分にあきれるが、本当に助かった。
オレの質問にあいつはこくんと頷き、オレの手にそれを置いた。
「ありがとな」
自然と笑みがこぼれた。それに対するあいつの反応が可愛らしくてまたきゅんとする。
前足を額のあたりに持ってきて恥ずかしそうにしたのだ。
マジお持ち帰りしてぇーーー!!
でもやっぱりそれはできなくて、代わりに撫でてやろうとそいつに手を伸ばした。
しかしそれは届くことなく終わった。
「ソラ!!どこだソラーー!!!」
それを聞いた瞬間あいつは走ってオレが来た道を戻っていった。
・・・・・・・なんか失恋した気分だ。
オレは見えなくなるまでその背中を見つめた。
名前、ソラてゆーんだな。
さーてと、オレも帰りますかっ。
なんとなく。
また会える気がした。
「マジで心臓つぶれるかと思った・・・」
火神に抱きしめられてる…なう、です。
待ってるって言ったのに勝手にどっか行ってごめんなさい。
でも落し物届けてあげただけだから、許して下さい
でもあんまり勝手に歩き回ると首輪とかリードとかつけられそうだから気をつけなきゃな。
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▼後書き
『虎と鷹』いかがでしたでしょうか?
虎は主人公ちゃん。鷹は高尾ちゃんです!!
大我あんま出てこなくてすみません。愛されちゃんなのでお許しください…!!
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