19.暑さには敵わない(1/3)

暗い廊下を進み、火神は私を下すことなく誠凛の借りている部屋へと足を進めた。
今日は、高尾と一緒に寝る約束だったから、高尾の元に戻るのが正しいのかもしれないが、忘れた降りをして、火神の腕の中でじっとしていた。
高尾が嫌というわけではない。単純に火神が良いのだ。

火神が私が開けられなかった丸いドアノブを捻った。


「…マジかよ」


思わず火神が本音を漏らしてしまったのは仕方がない。私も同じことを思った。

寝る場所が無い。

普通布団は一人一枚あればいいもの。河原よ。お前の寝相はどうにかならないのか。始めはきっと布団と平行に寝ていたはずだが、いつの間にか随分と贅沢に二枚の布団の上で寝ている。それが他の誰かさんの布団ならばいいのだが、運悪く火神が寝ていたであろう場所なもんだから困った。

いや、本当に困った。
新たに布団を敷くにも音が出るし、そもそも人数分しか布団がない。しかし、このまま廊下で寝る訳にもいかない。


「ソラ、暑いの我慢できるか?」


あぁなるほど。
少し気は重いけれど、今の状況ではそれしか選択肢はなさそうだ。
私はこくんと首を縦に振った。
そうすれば、火神は開けていた扉を静かに閉めた。

どこに向かうかは見当がつく。
この宿にはひとつだけ空き部屋がある。
しかしそれは、誰もが選ばずに残った部屋。
理由は簡単。
その部屋にはクーラーが無いのだ。
火神がさっき、暑いのを我慢できるかと聞いてきたのはこれが理由である。暑いのなんて自前の毛皮ときぐるみで慣れている。今のこの暑さなんて、昼に比べたらなんともない。
私は大丈夫だけれど、火神はどうなのだろう。
クーラー無しの暑い部屋でゆっくり休めるのだろうか。
しかし、そう思ったところでやはり、どこへ行っても寝る場所はないし、この方法しか残されていない。


勝手に空き部屋を使っていいのか疑問に思うところはあるが、一応借りてる部屋ではあるみたいだから、気にしないことにした。
この部屋は一番海に近い場所にあるらしく、カーテンの閉まっていない窓からはさっきまで眺めていた丸い月が見え、室内に差し込む青白い光は、灯りの役割を果たしていた。
さっさと布団を敷いて、私と火神は同じ布団の上に寝っ転がった。が、不意に何かを思い出したかのように、火神は私の脇に手を差し込み、それから私を仰向けに寝かせた。



「今はオレ以外誰もいねーから」



そう言って、私の着ぐるみのボタンに手をかけた。
暗がりでも火神の表情がはっきりと見える。
上から私を見下ろしているせいで、必然的に伏し目になり、そこから覗く赤い瞳が月明りのせいかいつもと違って見えた。
大人びた表情を纏った彼の顔に、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。

着ぐるみ生活になれてしまったせいか、脱がせられると逆にそわそわしてしまう。唯一安心して脱げる場所と言えば火神の家くらいしかない。
まぁそれは置いといて、着ぐるみを脱ぐというのは少し不安な気もするが、やはりこっちの方が涼しくて私はそのままでいることにした。

私の着ぐるみを脱がせると、火神はいつもの様に私の体に腕を巻き付けた。

窓も開けたし、風もあるから、クーラー無しでも思ったより暑くない。
しかし、せっかく涼しいのに、私に抱きついていたら熱いのではないだろうか。
疑問に思っていると、火神は、私の首筋に顔を埋めた。



「……ソラ」



呟くように吐き出された声は、切な気に掠れていて、胸の奥がきゅうっと締め付けられた。
しかし、それと同時に心が満たされていくような不思議な感情を抱いた。

あぁ、そうか。私も火神と一緒にいられなくて寂しかったんだ。

認めざるを得ない。
首筋にチクチクと当たる彼の髪も、僅かに感じる彼の息も、速いようで遅いような速度で拍動する心音も。
くすぐったいのに、どこか心地よい。
たった一日、二日、離れていただけなのに、こうも懐かしさを感じてしまうとは。

私も火神と同じ様に、彼の首筋に首を埋めた。



「おやすみ、ソラ」



いつもと同じ優しい声。

──落ち着く

ただ、いつもと少し違うのは、私を抱く強さと、目を閉じる前に私の額に唇を軽く触れさせたくらいだ。
後は何も変わらない。


額に少し熱を感じながら、私は意識を手放した。





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