オレたちは桐皇に負けた。
オレは青峰に負けた。
そして……ソラがオレの隣からいなくなった。
部屋でひとり。
いつも傍に居てくれたソラが、自分にとって大きな存在であったと、しひしひと実感している。
頭では分かっていても、居なくなって初めてやっとその大切さが分かるものだ。
夜だというのに部屋の電気を付ける気にもならず、冷たいフローリングの上に力無く座ったまま、オレはソラの事を考えている。
今あいつは何をしているのか。どうしているのか。
それが気になって気が気じゃない。
「………………ソラ…」
決して大きくない、無意識に出た言葉は、静寂に包まれたオレの部屋によく響いた。
そしてやけに大きく聞こえた自分の声に、オレはハッとした。
オレは黒子だけじゃなくて、ソラにも頼りすぎていたのではないかと思ったから。
気付けば血が滲み出るほど唇を噛んでいた。
ーーー結局オレはひとりじゃ何も出来ない。
さっきまで、明日になったら力ずくでもソラを連れて帰ろうと思っていた。
でもやめた。
今のオレじゃダメだ。こんなオレじゃダメだ。
だからオレは青峰に負けたんだ。
---オレがちゃんとするまで
オレがひとりで戦えるくらい強くなるまで。それまで向かえに行ってはいけない気がした。
ごめんなソラ。
すぐ強くなるから。
だから………
ちょっとだけ待っててくれ
オレは我慢した。バスケをしたい気持ちを堪えて、怪我の回復に専念した。
そういやソラ。
秀徳戦で怪我した後、バスケしようとしたオレを必死になって止めてくれたな。
でもオレは無視したんだっけ
ごめんなソラ
……やっぱりこれはオレへの罰かもしれない。
怪我がなおるまでの2週間、これからどう強くなっていくか考えた。
やってやる。という気持ちと同時に、日に日にいろんな感情が混ざって、苛立つ気持ちが渦巻いていた。
そしてやっと練習に参加できるようになった日。バスケ部を創ったらしい、木吉鉄平という人が新たに加わった。
お互い復帰して初日だってのに、その人はいきなりオレにスタメンかけて勝負しようと言われた。
勿論オレは勝った。
でも勝ったのに、モヤモヤとした気持ちは少しも晴れなかった。
そんな、言葉では上手く表現できない感情を抱えながら数日が過ぎたある日。
その日は朝から雨だった。季節は段々と夏へと変わろうとしていて、昼間は半袖でもいいくらいなのに、朝は少し肌寒く感じる。
雨は空気に湿気を持たせ、じっとりと自分の肌に纏わり付いて気持ちが悪い。
でも雨を見るのも久しぶりな気がする。
雨と言えばソラに会ったのも、こんな雨の日だった。
何時もは、その事を思い出して懐かしさを感じるのに、今日は嫌な予感がして一日中落ち着かなかった。
そして放課後黒子の携帯がなった。
「桃井さ、」
「桃井さん。落ち着いてください」
「大丈夫です。ゆっくり話してください」
桃井と聞いてオレの体はピクリと跳ねた。
だってそいつは桐皇のやつだから。
何を話しているのか気になって仕方ない。黒子の対応の仕方からして、桃井ってやつが猛スピードで話していたのだと思う。
黒子は黙って聞いていたが突然大きな声をあげた。
「ソラがいなくなったんですか!?」
---バンッ!!!
「火神君!!……すいません桃井さん切ります
待ってください!火神君!!」
乱暴に教室のドアを開け、クラスメイトが驚く姿も、黒子がオレの名前を呼ぶ声にも、オレは気づかなかった。
何処にいるかだなんて分からない。でもオレの足は勝手に動いていた。
(ソラ!!!!!!)
オレの頭の中にあるのはそれだけだった。
その日ソラは見つからなかった。
オレは見つかるまで探す気だったのに、先輩たちに無理矢理止められて、抵抗したオレは遂に監督に一発食らわせられて気を失った。
次の日もそうだった。
その次の日も。
「火神君大丈夫です。
ソラが頭が良いのは知っているでょう」
「そうだ。絶対無事だ」
「どっかで雨宿りしてるんだって!」
………るせぇ
何を根拠に言ってんだよ
実はソラがいなくなったあの日から、雨はずっと降りっぱなしだ。
仮に雨宿りしていたとしても、あいつは絶対に濡れているはずだ。早く拭いて風呂にいれてやらねーと…。それに飯だって……
早、く………探しにいかねーと…
フラりと立ち上がればチームメイトに止められた。
「お前は寝てろって!」
「そうよあんた何度あると思ってるの!!」
「 熱あんだから俺たちに任せてゆっくり休め!!」
んに言ってんだよ。ただ少し頭がぼーっとするだけだ。オレに熱なんてねぇ。
でもそう言ってもあいつらは信じない。オレをおさえつけて、オレにソラを探させてくれない。
「だからあんたどこい…」
だから今日は違うてを考えた。
「便所いくだけだっての」
オレは意識して、苛立ちが伝わるようにきつく睨み付けた。
そうしたらみんなは何も言わ無くなった。
こっそりとその場から抜け出すとき、
少しの罪悪感を感じたが、それよりもやっぱりソラを探さずにはいられなくて、オレは今だ雨が降りしきる空のもとへと駆けていった。
「ソラ!!
おいソラ!!!」
今日この名を呼んだのは何回目だろう。
「クソっ!どこにいんだ!
ソラ!!!」
見つからない事に対して苛立ちと不安が混ざっていた。
もう一度名前を呼ぼうと息を吸ったときだった。
「っ………………!!」
突然、頭が割れると錯覚するほどの激しい頭痛に襲われた。それに続け、ぐにゃりと歪んだ。
なん、だこれ。
意識が飛びそうになったその瞬間、オレの正面に現れたあるものによって、意識ははっきりしたものになった。
「……………、…ソラ…?」
その姿は、オレが最後に見たときのものとは随分と違った。
見慣れない服を着て、体はいくらか小さくなっている気がした。足取りは重く、前の片足を
ひょこひょこと庇うように歩いていていた。
うつ向きながら歩いていたソラは、オレが名前を呼ぶと、ピタリと足を止め、顔をあげた。
そうすればオレとあいつの目が、音を立てて合った。
その灰色とも青とも言えない不思議な色をした瞳はやっぱりソラのものだった。
ソラだと確信したオレは、ソラに向かって走り出した。
するとソラもこちら側へ、一歩前に足を踏み出した。しかし着地したその足は、しっかりと立つことはなく、力が抜けたように崩れた。
「ソラ!!!!」
駆け寄って慌ててソラを抱き上げると、息はしていたものの、その呼吸は荒いが弱く、かなり苦しそうであった。
ここままじゃ………!!!!
まず家まで連れて帰ろうと、立ち上がろうとして足に力をいれたその時、オレの視界は再び歪み、そして真っ暗になった。
最後に聞こえたのは誰かがオレの名前を呼ぶ焦った声だった。
オレは気合いで2日で熱を下げた。体に少し怠さは残っていたが、そんなことをいっている場合ではなかったし、その時のオレは、ソラのことで頭がいっぱいで、自分が本調子でないことに気付いていなかった。
ソラの熱は思うように下がらず、完全に下がるのに1週間かかった。食欲を戻したり、毛並みを戻すのにも時間がかかった。
でもそれよりも、ここへ来るまでに怪我した右の前足は治りがもっと遅かった。
カントク曰く、捻挫だそうだ。
治りが遅いことを相談すると、怪我をしているのに無理矢理歩いたせいで、かなりダメージを受けているらしい。
それを聞いたときはなんとも言えない苦い思いがオレを支配した。
何度あいつにごめんと謝ればいいのだろう。
もっと早く見つけられていればと後悔したのはこれが何回目だろうか。
でもその反面、そんな怪我をしながらも、オレのところへ戻ってきてくれたことが嬉しかった。
怪我も完治し、元気になった頃オレはある変化に気付き始めた。
ソラが前と違うと。
桐皇からここに戻ってきて、ソラは明らかに変わった。
前は休憩なるごとに、オレにタオルやドリンクをを渡しに来てくれた。でも今では舞台の上で伏せをして、移動することはおろか、動くことすら殆どしなかった。
動いたかと思えば水を飲みに行くだけで、体育館の入り口まで行けば、ピンと背筋を伸ばして空を眺めていた。
ソラの変化に気付いたのはオレだけじゃなかった。そしてみんなオレに「なにがあったんだ」と聞いてくる。
その問にオレは毎回、知らないと答えた。知らないと言うより分からないの方が正しいのかもしれない。
これを聞かれる度、オレは腹の中から何かが込み上げてくる感覚に襲われた。
その問の答えを一番知りたいのはオレだから。
「ソラ、帰るぞ」
練習後の自主練を終え、オレは変わらずこう声をかける。少しずつ変わっていくのは、オレの声の低さだろう。
理由が分からないことに苛立ちが募り、日を重ねる毎に声が低くなっていった。
今日の声は自分でも分かるくらい低いものだった。
体育館の外を眺めるソラに後ろから声をかけると、ソラの体はビクリと跳ね、立ち上がるとこちらへ振り返った。
ソラは、オレの顔色を伺うような仕草を見せた。
冷静になれば、低い声を出したオレのせいだ。誰でもオレが不機嫌だと分かる声のせいだったというのに、その時のオレは冷静さを欠いていて、自分の中で何かが弾けた。
オレの口が勝手に動き出した。
「………………んなんだよ」
またソラの体が跳ねた。
「そんなに桐皇が良かったのかよ」
青峰の方が良かったのかよ。
なにかを察した先輩達が、部室へ向かう足を止め、バタバタと足音をたてなから此方へ走ってくる音が聞こえた。
「そんなに戻りたかったら戻らばいいじゃねーかよ!!」
「おい火神!!!!!!」
いつの間にか握っていた拳に血が滲んでいた。感情が爆発した。でも本心であって本心ではない。だからだろうか。
オレはソラの目を見ては言えなかった。
再びオレの口が勝手に動き出す前に主将に「何言ってんだよお前!」と言われて、正気に戻ったオレはそれ以上何かを言うことはなかった。
ハッとしてソラを見るとやってしまったという後悔が、激しくオレの中で渦巻いた
カタカタと震え、今にも泣き出しそうなそんな顔をしていた。
時間を巻き戻せるなら巻き戻したいと本気で思ったのは、これが生まれて初めてだ。
弁解する時間も、言葉も、ソラの姿を見たら何も出てこなかった。
その日、ソラは、動物可の家に住む木吉先輩のところに預けられた。
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