のっといこーる
教室の前を通りかかると、女子が談笑する声が、廊下にいる俺の耳に届いた。その中には、聞き間違えるはずもない俺の大好きな声も混ざっていた。
「ナマエのタイプは?」
『えー私?』
「お、確かに気になる!!」
『そうだな〜。
背が高くて、落ち着いてて、私より頭が良くて、チャラチャラしてなくて、静かで、できれば年上』
フラりと目眩を覚え、胸がずしりと重くなる。
こんなん玉砕じゃないッスか。
何を隠そう。俺はナマエっちが好きなのだ。
廊下で、勿論彼女たちの会話に聞き耳をたてていたのだが、結果はこのザマだ。
背が高いくらいしか彼女のタイプに当てはまらない。チャラチャラしている自覚はないが、笠松先輩によくそう言われるから、人から見るとやはりそういう印象を持たれているのだろうかと思ってしまう。
頭脳なら頑張ればなんとかなる可能性もあるが、常に学年3位以内、全国模試も上位の彼女より、というのはかなり無理がある。
折角最近仲良くなってきたと思ったらこれだ。聞かなきゃ良かったと思ってももう遅い。
そんなこんなで俺はため息をつくことが増えた。初めこそ「何かあったか」と聞いてくれた笠松先輩も今ではその量の多さに
「いい加減ウゼェよ!!」
と、蹴りを入れられる始末。小堀先輩と早川先輩は今も何かと心配してくれるが、早川先輩に関しては煩いから正直放っておいて欲しい。それから、「相談にならいつでも乗るぜ」と、キメ顔をかましていってくる森山先輩。この人だけには絶対相談したくない。良いアドバイスなど返ってくる筈が無いから。
憂鬱な時ほど時の経過は遅いもので、あの話を聞いたのは遥か昔の事のように感じ、それと同時に彼女への想いが本気だったのだと自覚する日々が続いた。
「はぁー」
小テストの点数が悪く、放課後居残りで、俺はひとり補習プリントに向かっていた。やはり彼女より頭が良くなるだなんて夢のまた夢だ。
彼女の顔が閉じたまぶたの裏に浮かび、俺は再び息を漏らした。
『黄瀬君』
「!?」
ぼーっとしていた俺は、驚かされてもいないのにその声に驚き、椅子からひっくり返りそうになった。
そんな俺を見て、クスクスと遠慮がちに笑うナマエっちの顔と、染めていない綺麗な黒髪が風に揺れて、俺は思わず見とれてしまった。
熱くなる胸と、刻む鼓動のリズムで改めて思う。
ナマエっちが好きだと。
* * *
どうやら先生に俺の勉強を見るように頼まれ、ここに来たらしい。
『最近何かあった?』
勉強をはじめて暫くして彼女は唐突に俺に言った。それから『最近元気無いよね』と呟くように言い、『私で良ければ話聞くよ』と、言葉を繋げた。
その原因は俺の目の前にいるナマエっちな訳だが、もうこの際だ。思い切って本人に相談することにした。
「…俺、好きな人いるんスけど。
その人のタイプと俺ってマジ正反対で…。
俺どうしたら良いんスかね」
声色は自分でも驚くほど情けないもので、『黄瀬君に好きな人いたんだね』と慌てるミョウジっちに違和感を覚えつつ、俺はナマエっちの答えを待った。
『……あんまり、気にしなくて良いんじゃないかな…』
意外な返答に変な声が出た。
『や、えっと…
タイプの人イコール好きになる人、好きな人って訳じゃないでしょ?
だから気にしなくて言いと思うの…!』
あぁ確かにそうだと気づいたのはこの時だった。自分がそれに該当するひとりだったから。
俺は"彼女"の事が好き。"タイプの彼女"が好きな訳じゃない。
なんとなく、今言わなきゃいけない気がした。でも言葉は中々出てこず、教室に吹き込んだ強い風は彼女の髪を軽く舞わせ、俺の背中を押した。
「ねぇナマエっち
好き」
出た言葉はとても淡白なものだった。
少し茶色がかった眼を見開き、赤い唇を震わせたナマエっちを見て、俺は途端に、彼女の口を軽く手のひらで押さえた。
ーーーナマエっちが俺の事好きじゃないのは分かってるから
「"俺"の事好きになってもらうっスから」
言い終えた瞬間、今まで何も感じなかった羞恥が押し寄せ、俺はたまらず教室から飛び出した。
何?俺!!何様!?何言ってんだ俺ー!!
心の中で後悔の思いを叫びながら廊下を駆けた。
『待って黄瀬君!!』
こんなダサい俺追ってこないでくださいっスー!二人しか居ない居ない廊下に音はよく響いて、また君の声が聞こえた時、俺はしゃがみこんで手の甲を口許に当てていた。
『私、もう…ずっと前から黄瀬君の事、好きだからーーっ!!』
俺を追って走ったからか、途切れ途切れに聞こえた君の声。恥ずかしさと嬉しさが混ざって顔が熱くなる。耳まで真っ赤だ。こんな顔見せらんない。
可愛すぎんだろほんと。
「あー!もうマジ好き!!」
ーーー自分のタイプと君は逆
でも
ーーー好きなのは君
***おまけ
「告白するのは良いがちゃんとプリントやっとけよー」
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